5月2日、ABA研究会・部室 その4
『5月2日、ABA研究会・部室 その4』
ABA研究会部長・川野辺御凪、同じく副部長・伊集院まなび。
二人は仲良く正座して、平部員・川野辺香織の前に頭を垂れていた。
「部長」
冷ややかな声が御凪を呼ぶ。搾り出すような声がそれに応える。
「はい……」
あのさあ、と普段より一段低い声の香織は続ける。
「なにがしたいの?……勝ち目の薄い大会に、出場しますって宣言だけして、副部長が異論を唱えたら三年生がどうのとグダグダグダグダと」
「すみません……」
「すみませんじゃなくて、なにがしたいのかって聞いてるんだけど」
「…………」
「それをはっきり言わないから話が進まないんだってわかってんの?」
「……はい」
「じゃあなんではっきり言わないの?」
「…………」
上級生の威厳はどこへやら、先ごろ妹の抗議を涼しい顔で受け流していた御凪は、同じ妹の前に、叱られた小学生のようになっていた。
(本気になったかおりんの説教スキルは家のママよりすごいよ)
隣から、どうでもいい知識がウィスパーボイスに乗って流れてくる。こっちに矛先が向くからやめてくれ、と八雲は心中で呟く。
一方的に責められている御凪に対して、そうやそうやと便乗しているまなび。ぐりんっと自分に向けられた香織の顔にひぃっ!と表情を引きつらせる。
「副部長」
「ひゃい……」
「深薮高校ABA研究会は、昨年、一昨年のいずれも、無手で大会出場してましたね」
「うぐっ……」
え、と八雲は疑問に思う。
無手、という言葉の正確な意味を知っているわけではないものの、なんとなく想像はついた。無手=武器を持たずに戦う、との理解が正しければ、自然と何故?の疑問が浮かんでくる。
道具の重要性を知り、道具を作るメカニックもいて、高度なトレーニング機器も自作している。そんなチームが過去二回、手ぶらで大会に参加したというのはあまりにも不自然である。
そもそも、伊集院まなび作・ブンブン一号は、“トレーニング用機器として”あまりにも高性能だ。おそらくは相当の手間と情熱がかかった一品だろう。それなのに、
「これまでの二年間、ただの一つも実戦武器を完成させてないというのはどういうことですか」
「うぐぐ……」
香織からの追求に、まなびは苦しそうにうなった。
「ちょ、ちょっとまて香織。お前も知ってるだろ?」
「知ってるよ?でも後ろの二人は知らない」
「だが……」
唐突に自分達が話題に上がったので、八雲は背筋を伸ばした。特に意味は無いが。
「去年までここに所属していた藤田優」
「あ、おい」
「触れずにおこうとするから、話がわかんなくなるのよ!」
「はい……」
香織がくるりと八雲、光瑠の方向に顔を向ける。
「藤田優は“無手主義”、つまり“道具使うべからず”を掲げて、お兄ちゃん達を虐げ続けた悪魔なの!」
●
日本におけるABA業界には、二つの大きな団体がある。
一つは、防虫・衛生用品メーカーなどがスポンサーとなって運営される、全国ABA協会。もう一つが、空手を初めとした格闘技団体を母体とする、全日本殺虫体術連盟。
この二つの団体は、ある一点において対立していた。
すなわち、“道具の是非”。
競技者ではない一般人にも使える、技術と道具を追い求める協会。
格闘家として、熟練と修養に邁進する連盟。
両者の溝は今日まで埋まることなく、それぞれが主催する二つの競技大会が毎年別々に開かれている――
「……ようするに、藤田先輩は道具を使うことに否定的な“連盟派”で、俺達二人はろくに大会参加もできなかったんだ」
2団体対立の説明を挟んで、言いにくそうに昨年度までの事情を話す。
「俺達は二人とも、実戦で体を動かすのは不得意、というか全くダメだから、道具禁止の大会じゃまともに戦えなかった。だから、最後くらいは道具アリの大会に出て、まなびの作った道具で参加してみたかったんだが……。
すまん、たしかにわがままだった」
濁した言葉の後を、謝罪で締めた。
「ご、ごめんな?うちが、スイスイ号をはよう完成させといたら……」
「お前のせいじゃない」
さびしそうな顔でまなびの頭をポンポンと叩く御凪。部室にはしんみりとした空気が流れた。
「ちょっとまったぁー!!」
ガシャッとパイプ椅子を後ろに弾き、光瑠が立ち上がる。
「今の話を聞いて、引き下がるなんて男じゃないぜ!」
「男じゃないけどなお前は」
「細かいこと気にすんなよ!」
スイッと指を動かして、
「まなちゃん!」
「は、はひぃ!」
「めっちゃ急いだとして、どれぐらいで仕上がるの?」
「あ、あー……、えっと」
いきなりの質問に、動揺しながらも、まなびが返事を返す。
「開発中にどんな課題が出てくるかにもよるんやけど……まあ、一月あれば、形には」
一月、つまり一週間後の大会には間に合わない。
「ボス!決勝大会はいつ!?」
「全国決勝は7月の末だ」
ここまでくれば、場にいる全員が光瑠の言いたいことを理解した。つまり、
「なんとかがんばって予選を抜ければ!決勝には間に合うじゃん!」
人差し指をビシッと立てて自らの顔の前に持ってくる。
「勝ち目がないからあきらめる?ノー!期待の新星、このひーちゃんと――」
ガシィと肩をつかまれて、逃げられなくしてから宣言した。
「ヤクモンにおまかせ!」
「は、はいぃぃぃ!!?」
部室内の全員から注目される八雲。
激しく揺さぶられる肩に抗議の声すら上げることができず、目を回すしかなかった。




