5月2日、ABA研究会・部室 その2
『5月2日、ABA研究会・部室 その2』
「――つまり、まなび先輩は、自分のせいで新入生が辞めちゃうってことが怖くて土下座していた、と」
「そしてヤクモンは急に土下座されたのでパニックであたふたおろおろしていた、と」
一年女子コンビによる聞き取り調査の末、なんとか誤解を解くことに成功した八雲であった。
キリッとした表情の光瑠が、八雲の肩を掴んで目を見つめる。
「お母さんはヤクモンのこと、信じてたよ」
「いつから佐藤君の母になったんだお前は」
「てへ」
いつもどおり、といった調子でボケとツッコミをこなす二人。見つめられた八雲はドキドキしながら目をそらす。一方で、
「すんませんすんませんウチのせいで……」
まなび先輩と呼ばれた上級生は、さっきから何度も何度も頭を下げていた。別に八雲が何をされたというわけでもないのだが。
「あ、いや、その、僕はやめるも何も、まだ正式に入部してないので、その、普通に接してください……」
「そ、それは、『今後のお前の態度次第やで』とかそういう……あああああんごべんなざああああい」
「あーあ、泣ーかした」
「泣ーかした」
「ち・が・い・ま・すってー!!」
ひとしきり騒いだ後、四人は長机を挟んで着席した。仕切りなおし、ということで香織がお互いを紹介してくれる。
「こちらはABA研究会の副部長、伊集院まなび先輩。そしてこっちが、仮入部中の佐藤八雲君」
「あ、改めまして、佐藤八雲です。体力には自信がないですけど、あの、がんばります」
「三年生の伊集院まなびです……。あ、あの!部員数がギリギリなので!ぜひ、ぜひ入部してください!!」
顔を真っ赤にしたまなびは、八雲の手をとって熱烈に入部を懇願してくる。手汗がすごい。
(お、重い)
これで八雲が「やっぱりやめます」などと言おうものなら土下座で家までやってきそうな勢いである。
トーンを下げて、たずねる。
「ここって、そんな部員数ヤバかったの?」
「そだよ、中間テスト明けの部長会議の時点で、五人いないと廃部なんだって」
「私たちもお兄ちゃんに頼まれて入ったんだしね」
「そうだったのか……」
「昨日まなちゃんが休んでたのは勧誘活動をガンバり過ぎて体調崩しちゃったからだしね!」
「う、うちは学校行ける言うたんやけど、みーくんが絶対アカン!て……」
「まなびさんは家のおにーちゃんに愛されてますねー」
香織ちゃん!アカンて!とまなびは消えそうな声で言った。
「なんだお前ら、もう揃ってるのか」
ガラッと扉を開けてABA研究会部長の川野辺御凪が顔を出した。
「あ、おはようございます!」
「重役出勤ですなボス!」
重役だからなー、と適当に返した御凪はカバンを長机の上に置く。
「体調はどうだ、まなび」
「ば、万全であります、ボス」
「お前まで使わなくていいから、それ」
「ご、ごめんなみーくん」
顔を赤くしたままのまなびの頭にポンと手をのせて、「ん」とだけ声を出した。
●
「八雲が仮入部とは言え、これでメンバーが五人そろったわけだ。本格的に活動が始められる」
全員を着席させて、ホワイトボードの前に立った御凪はさて、と口を開く。
「急な話だが、……来週の大会に全員で出ようと思う」
大会、という突然の言葉に四人はそれぞれの反応を返した。
「えっ」
「はあ?」
「うおお青春っぽい!!」
「ほ、本気なん?みーくん」
うむ、とうなずいた御凪は、一枚の紙をマグネットでボードに貼り付けた。
「全国ABA技術振興大会の県予選、その参加申込書だ」
淡々と言った御凪に、ちょっとまってと立ち上がり、香織が異を唱える。
「いやお兄ちゃんさ、このメンバーでいきなり何言い出すのよ」
ビシッと兄に向けて人差し指を突きつける。
「まずお兄ちゃんウンチでしょ!運・動・音・痴!!」
そして人差し指の切っ先を次々に変えていく。
「まなびさんも同じく運動音痴!佐藤君、素人!ひーちゃん、素人!」
そして私は、と最後に親指で自らを指して言った。
「虫が触れない!」
八雲、初耳である。
香織は自身の弱点を堂々と宣言した後、バンバンバンと机を叩く。
「これでどーやって大会なんて出るのよ!馬鹿じゃないの!?」
妹の激しい追及に御凪は大きくうなずいた。
「うむ、ありがとう妹よ、現状の問題点を全て上げてくれたな。すばらしい」
「くおんのばぁか兄ぃぃぃ」
ギリギリギリと歯軋りしながら兄の両頬をつねりあげる香織。腕組みで平然としている御凪。「アカン香織ちゃん、アカンて」と言いながらオロオロするまなび。光瑠と八雲は蚊帳の外状態だ。
「えっと、川野辺さんが言ってるの、ホント?」
「そだよ」
八雲の問いに、光瑠はニコニコしながら肯定のみ。もっと説明してくれ、と八雲は思った。
「うむ、八雲は知らないことだからな、詳しく教えておかないと」
怒れる香織を落ち着かせて、頬を真っ赤に腫らした御凪は語りだす。
「実は――今現在、ABA研究会にはまともなABA競技者がいない。三月に卒業した先輩で、最後だ」
「え、でも川野辺先輩と伊集院先輩は……」
当然の疑問を八雲が投げる。
口ぶりから察するに、二人は去年から継続して所属していたはずなのに、まともな競技者がいないとはどういうことなのか。先ほど香織は、御凪とまなびの二人を指して“運動音痴”と呼んだが、実力はともかく“まともな競技者がいない”というのは言い方がおかしい。
「それを説明するにはまず、競技としてのABAの特性を知ってもらわねばな」
きゅぽん、とキャップを外したペンを持ち、ホワイトボードの前に御凪は立った。




