5月3日、さくら公園 その2
『5月3日、さくら公園 その2』
「はぐっはぐっはむっ!うまっ!」
八雲が紙皿に出した猫用のペットフードを、どんが食べている。さくら公園にいる二人と一匹は、ベンチに座って八雲の買ってきた昼食を広げていた。
「……どうですか?買ってきた猫缶、これでよかったですか?」
「はぐっ、ん、うむ!お前、猫缶選ぶセンスはなかなかじゃな!」
「ありがとうございます!」
「うーん……?」
魚や鶏肉をブレンドしてとろりと仕上げてある猫缶、それをおいしそうにがっつくどんを見て、光瑠は首を傾げている。
「どんってさ、中身はかおりんのおじいちゃんなのに、猫エサでいいの?あたしのから揚げ、あげよっか?」
「にゃむにゃむ、うむ、確かにから揚げはめっちゃうまいんじゃけどな?なんせ塩気が強すぎる。やっぱり専用の食いもんが一番良いわい」
「ふむふむなるほど……で、なんて言ってんの?」
さも理解しているかのように相槌をうってから、八雲に通訳を頼む光瑠。やはり彼女にはどんの言葉を人語で聞き取る能力はないようだ。
「塩分が強すぎるって」
「あーそっか、確かにうちのじいちゃんも高血圧で塩分気にしてるもんね」
「失礼な、体はピチピチの一〇歳じゃわい!」
「猫の一〇歳は結構いってますよね……?」
一時は泣きそうにもなっていた光瑠は、時間を置いたことである程度元気を回復したのか、雑談をしながら食事をとれる程度にはなっていた。
しかし、それで何かが解決したわけではない。光瑠が解決しようとして、逆にこじれてしまったトラブルをどうするのか。
何か具体的な策を講じる必要があった。
「実は、見てほしいものがあります」
三者とも食事を終えて一息ついた後、スマホを取り出した八雲はそう切り出した。
「この動画、なんですけど……」
注目を浴びながら八雲は画面を操作して、光瑠とどんにそれを見せる。
動画ライブラリから呼び出したサムネイルには、一昔前の荒い画質に白抜きの筆文字で『真向殲滅!スズメバチ編』とあった。
「なにこれ」
不思議そうな顔をした光瑠が八雲にたずねる。
「川野辺旋風の『殲滅シリーズ』だよ!」
「あーこれはなつかしいのう。これアップした時、いつもの倍ぐらい苦情来たからビビったんじゃ。子供が真似したら危険だろ!とか言ってな」
「そう、そうなんですよ、それで年齢制限がかかってて。以前は見れなかったんですけど、昨日探してきたんです」
昨晩、自分の年齢が一五歳を突破していることに気づいた八雲は、かつて視聴が叶わなかったABAの動画をあさっていたのだ。
「ふーん、じいちゃんが昔にアップした動画ってことか……。それで、この動画がどうしたのさ?」
「う、うん。ちょっと飛ばすね……えーと」
ベンチに置かれたスマホ画面が何度かタップされて、その度にシーンが切り替わっていく。やがてある時点で切り替えが終わり、八雲の「ここだね」という言葉と共に再生が始まった。
『っせえええええ!ずあっ!っあぁい!』
再生の始まった動画内では初老の男性、生前の川野辺旋風が動き始めた。大きな気合の声と共に彼の手が周囲を飛び交うスズメバチを次々に弾き飛ばしていく。
変化があったのは動き始めて三秒ほどの後、体を翻した旋風は一瞬の溜めを経て、両手を眼前で打ち鳴らした。
『はあぁっ!』
ッパァン!!!!!
まるで陸上競技用のスターターピストル。その瞬間までは、身体の動く擦過音や風の音ばかりだった音声に、驚くほど大きな破裂音が響いた。
集中して動画を見ていた光瑠は、急に大きくなった音声に肩をすくませる。
「うお!びっくりしたー」
「ここ、これだよ!」
「え?なにが?」
「今の技!」
よくわからん、という顔をする光瑠のために、八雲はもう一度その瞬間まで動画を巻き戻した。
『はあぁっ!――――』
両手が打ち合わされる直前で停止させた画面を光瑠に見せる。
「ここをよく見て」
八雲が指さしたのは、手が合わさる空間から数センチほど離れた場所。そこには、飛び回るスズメバチの一匹が滞空していた。
「このハチをよく見てて」
コマ送りすることで疑似的なスローモーションになった画面。旋風の両手が合わさった一拍の後、その前を飛んでいた個体は急に力が抜けたように地面に落ちて行った。
訝しげな顔でそれを見る光瑠の目が、数秒を経て大きく見開かれる。
「ん……あれ?これ、もしかして、触ってない!?触ってないじゃん!」
「そうそれ!“触ってない”!」
両手を強く打ち合わせることで衝撃波を発し、飛行する小型の害虫を気絶させる技――――“飛拳・猫だまし”。ちなみにスズメバチに対して生身の人間がこの技を成功させた記録は、この一度きりである。
実はこの技、“叩き潰した方が簡単で確実”という厳然たる事実によって誰にも使用されず、ほとんど忘れられている技なのだが、今の八雲たちにとっては一条の光明に等しかった。
なぜならば。
「触ってないってことは……かおりんにも練習できる!」
光瑠はパッと顔を輝かせ、胸の前で両手を握る。
「一緒に練習できるってことは……仲間はずれじゃなくなる!」
天を仰いで、手のひらを全開にしつつ万歳ポーズを決めた。
「仲間はずれじゃなくなれば!かおりんの機嫌が直って二人は幸せなキス!万事解決だあああああ!!うおおおおおおお」
調子が戻ったと言うべきか、より悪くなったと言うべきか、テンション急上昇中の光瑠を前にして、妙に安心感を得てしまう八雲だった。
解決の策が見つかったのは大きな前進である。しかし問題は、どのタイミングでどのように伝えるのか、であった。
「今すぐ……は、だめ?やっぱり?」
「うん、それは確実に失敗すると思う……もっと怒っちゃうかも」
思いついたら即時行動、がクセのようになっている光瑠を八雲が止める。来るなと言われて引き下がったものを、しつこく追いすがったところで怒りを煽るだけだ。
「あの、ちょっと言いにくいけど、傷つけちゃった直後なわけだし……」
香織自身が受け入れる体制を整えなければ、どんな言葉も届きはしない。何か言葉をかけるなら、彼女が自分で歩み寄ってくれたその時だろう。
八雲の指摘に光瑠はぐっと喉を詰まらせる。
「……あー、改めて言われると心に刺さる……やっぱりあたし、ひどいこと言ったよね…………」
「そのことはもう、誠心誠意で謝るしかないよ。きっと、謝ることができれば、大丈夫だよ」
うん、と弱々しく返事をする光瑠だったが、それでもやはり不安はぬぐえない。
「もし、もし明日も明後日も、ずーっとかおりんが部室に来なかったら?あたしは、いつ謝ったらいいの?」
「それなんだけど……」
この場に、香織と同じ部屋の住人がいることを、八雲は忘れていなかった。
「えっ、ワシ!?」
じっと視線を送ると、我関せずと言った様子で体を舐めていたどんがビクンと動く。間髪入れず、八雲はどんに向かって頭を下げた。
「お願いします!明日、何とかして香織さんを部室まで連れ出してください!」
何もせずとも、香織が気を持ち直して部室に顔を出す可能性はもちろんあった。しかし、“そうならなかった場合”がなによりも恐ろしい。
メールでのメッセージも、兄である御凪からの説得も通じなかった場合、彼女が部に復帰できる可能性は低いと言わざるを得ない。
「あ、あたしも!あたしからもお願いします!」
香織にとってどんは、非常に親密な存在だ。どんからの口添えがあれば、香織が歩み寄ってくれる可能性はぐんと高まるだろう。
「ええ……でもワシ、孫の意思を尊重したいんじゃけど……」
どんの正体は香織の祖父。なればこそ、単純な利害では動かない。
「そこをなんとか……!僕はともかく、夏野さんとは、仲直りをさせてあげてほしいです……お願いします、師匠!」
「かおりんと仲直りしたい!」
「ぐぬぬ…………」
実年齢一〇歳、精神年齢七二歳になるこの猫は、たっぷり十数秒は唸った後、いまだ頭を下げ続ける二人の高校生に向けて言った。
「……………………良いじゃろう」
いつもお世話になってます。裸地栄太です。
「だがしかし」のアニメ化に影響されてサクマドロップスとおやつカルパスを大人買いして食べまくっている今日この頃です。すーぐ影響される。
前々回より始めたセルフ更新〆切、思ったより守れそうでなんだか安心しています(フラグっぽい)。次回の更新は2月3日の水曜日、23:59迄に行います。それでは、またお越しくださいませー。




