5月3日、さくら公園 その1
『5月3日、さくら公園 その1』
――――あたしは、何を間違えたんだろう。
いつも通りに、笑い話にしてしまえると、そう思っていた。
親友のことならなんでもお見通しなのだと、得意になっていた。
図星を突かれて慌てている様子をからかって終わり。なんてことないよ、と笑い飛ばして解決。そのはずだった。
いつも明るく振る舞って、みんなの心の支えであろうとしていたのに。
絞り出すような悲しい声が耳を離れない。こんな失敗をしたのは、初めてだった。
●
「サイテーだ…………」
バスに乗って学校へと戻る間に、夏野光瑠が発した言葉は一言だけだった。
隣に座る八雲はあたふたと手を動かして懸命にフォローしようと奮闘していたが、光瑠は何も聞こえていないように無反応を貫いた。
そのままフラフラな足取りで部室までたどり着き、八雲が御凪たちに事の経緯を報告。その時にはすでに時計の針が正午を回ろうかというあたりだったため、部室での活動はここまでとされた。
そして昼過ぎ、さくら公園の広場。そこには、座っているどんと土下座する八雲、そしてそれを眺める光瑠の姿があった。
「ヴゥゥニ゛ャアアアアア゛ア゛ア゛!」
「すみません!すみません師匠!」
「ニ゛ャアアオ!ニ゛ャア!ナ……ナヴゥ、ニャン!ンニャアゴ!」
激しく怒っている様子の猫とそれに土下座する男子高校生を見て、光瑠はあっけにとられている。
先ほど、沈んだ気持ちで帰宅しようとした光瑠に声をかけてきた八雲は、よく言えば言葉を尽くして、悪く言えば半ば強引に、ここまで連れてきたのだった。途中、「しゃべる猫」だの「どんがおじいさん」だの言い出した時にはバカにされたような気がして睨んでしまったが、それでも彼はあきらめなかった。
「お、落ち着いてください師匠。まずは……その、香織さんの件で」
「ニャン!ナゴ、ニャアー!」
バシバシ。どんは前足を何度か地面に叩きつけながら鳴き声を発した。光瑠はどんのことを以前から知っているが、こんな様子は初めて見る。本当に、八雲と会話しているように見えた。
「えー、それなんですけど……」
八雲はチラッと光瑠を見る。それが発言を促す合図だと、光瑠には察せられた。「香織さんの件」、つまり、道場であんなことになった説明をしろ、というのだろう。確かにあの部屋にはどんも入ってきていた。つまり、あの会話も聞いていたのだ。
「あー、あたし?……えっと、かおりんのことを?」
光瑠は困惑した顔でどんの顔を見る。普段のどんなら光瑠が視線を送っても絶対に目を合わせようとしないのだが、今はまっすぐ見返していた。
八雲の「さくら公園にいるはずだから」という発言通りに、公園で待っていたどん。本当に八雲との会話が成立しているかのようなしぐさ。
怒って帰るには、辻褄が合いすぎている。
(本当に、どんがかおりんのおじいちゃんなら、あたしがちゃんと説明しなきゃ、いけないんだ…………)
一人と一匹の視線を受けて、光瑠は頭の中を整理しつつ、確かめながら語りだした。
「ん……、えーと、オホン。……まず、来週の大会に向けて、あたし達は頑張っている。もう日がないから、すごく頑張ってる。だから今日も部室で、それぞれやらなきゃいけないことが山ほどあって、とにかくめっちゃ頑張ってた。……ここまではいい?」
光瑠が確認を求めると、八雲が頷く。どんは黙ったままだ。
「でも、かおりんは…………虫が触れないから直接叩く練習は意味がないし、他にもやることがなくって、なんというか……あの、仲間はずれ?みたいな感じになってた、と思う」
部室での状況を振り返り、香織の心理を辿っていく。責任感の強い彼女が、仲間が忙しくしている中、自分一人だけ手もち無沙汰なことを、良しとするわけがない。
「かおりんはそれが嫌だったはず。だけど、かおりんの場合は『そんなの気にしてるって思われたくない』って気持ちが強くて、だから何にも言わずに、自分にできることを探そう!って必死になってたんだと、思う」
光瑠はぎゅっと、制服の裾を掴んだ。
「かおりんは、いつもそうなんだよ……素直に言うのがかっこ悪いからって、思ってる事言わずに、抱え込んで。だからあたしが代わりに言って、かおりんがそれに噛みついて、みんなで笑って、終わりって……『そんなの気にすることないじゃん』って!」
本当なら、香織から返ってくる反応は、照れの混じった怒りであるはずだった。「かおりんはそういうの気にしちゃうもんねー?」と光瑠がからかって、「違うし!」と照れ隠しの否定を、引き出すはずだった。
こうなるはずだった、といくら考えても意味がない。それでも光瑠は考えずにはいられない。いままでずっと、これが正解だったのだから。
徐々に感情の抑えが効かなくなって、ぐるぐると回る思考が漏れていく。
「…………なんで、こうなるんだよぉ……あたし、かおりんにひどいこと言ったままだよ……ツッコめよ……ボケはツッコミがいなきゃ死んじゃうんだよ……これじゃ、ただの嫌な奴なんだよ……」
当然のように受け止めて、いつもの調子で打ち返してくることを、勝手に期待していた。悩みの重さを量り間違えて、最も痛い場所を的確にえぐってしまった。
取り乱している自分に向かって、どこか冷静な自分が顔を出し、冷たい言葉を言い放つ。
(なんで泣きそうになってんだよ。馬鹿かな?悪いのは自分じゃんか)
“自己嫌悪”というなじみのない感情が、光瑠の中で荒れ狂っていた。
●
香織のことを語り終えた光瑠は両腕で顔を隠し、そのまま後ろを向いてしゃがみこんでしまった。小さく丸まった背中はなんとも弱々しい。
どんは八雲に視線を送ってみるが、この高校生男子は困り顔を返すばかりだ。人生の酸いも甘いも噛み分けた、茶トラの猫はやれやれと首を振る。
「どうすりゃいいかわからんってのは良いけどなお前……なんか、あるじゃろ?ボーっと見とるだけか?」
不器用にも不器用なりに、かける言葉というものがあるだろう。慰めようとする意思を示すだけでも大きく違う。
どんは「なんでもいいから、行け!」とけしかけるが、八雲はますます困った顔で首を小刻みに横振りしている。泣きそうな女性のフォローは荷が重すぎるとでもいうのだろうか。
「はぁー、おまえは。はぁー、なっさけな。……もういいわい。ちょっとコンビニに走って昼飯買ってこい。どうせ食べずに来たんじゃろうが。その間はワシが嬢ちゃんについとくわい」
「わ、わかりました」
とはいえ、無言で立ち去るわけもなし。八雲はその旨を光瑠に伝える。
「ちょっと、コンビニで食べ物買ってくるね。……その間、どんと待っててね」
「…………………………」
「えっと……、食べたいものとか、ある?」
「………………からあげ」
「か、からあげかぁ……了解……」
「あーもういいから、さっさと行け。あ、ワシの猫缶忘れるでないぞー」
「わ、わかりました!」
八雲が走っていくのを見届けると、どんはしゃがみこんだままの光瑠にゆっくりと近づき、そっと脇に寄り添った。
「…………………………」
「光瑠の嬢ちゃんよう、どうせ言葉は通じないんじゃが……」
「……………………どん」
「あのバカが帰ってくるまでは、触らせてやるわい」
言葉は通じなくとも意思は伝わったのか、光瑠の伸ばした手は、どんの頭を優しく包んだ。
「……ふふんどうじゃ八雲、これふぁ一流のおんふぁのなぐさみゃフガ、なぐ、フガフガっ!ええい、顔を揉むでないわ!」
いつもお世話になっております。裸地栄太です。
〆切というものは偉大だなと思う、今日この頃です。焦燥感が違う。
自分で設定したものなので、何があるわけでもないんですけどね。
次回の更新は30日の土曜日、23:59迄に行います。
それでは、またおこしくださいませー。




