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5月3日、路上


『5月3日、路上』



「うおおおかおりーん!帰ってこーい!カムバッーク!!」

 特別教室棟の廊下に響きわたるのは光瑠の悲痛な声である。

 さきほど部室を出ていった香織の行動に全く気づかず仮想蚊と激闘していた彼女は、他三人との数度のやり取りで事態を把握するやいなや勢いよく扉を開けて叫んだのだ。校舎に響き渡る声はやまびこのように反響している。慌てた御凪は光瑠の後頭部にチョップしてそれを止めた。

「近所迷惑だろうが、大声をだすな」

「うっさいこのヘタレ!御凪にーちゃんのバーカ!」

「ぐっ……」

 迷いのない光瑠の反抗に気圧されて、ヘタレ呼ばわりにも少なからず傷ついた御凪は二の句が継げない。この校舎にはABA研究会以外にも多くの部活動が部室を構えているのだから近所迷惑という指摘は至極まっとうなのだが、いかんせん『様子のおかしい香織をそのまま行かせてしまった』という失態が説得力を損なっていた。

 用はないとばかりに御凪から視線を外すと、光瑠は八雲の腕を掴む。

「行くぞヤクモン!」

「え、行くって、」

「追いかけるんだよぉ!」

 ガシッと掴まれた手を引っ張られてこけそうになりながらも、八雲はその勢いのまま光瑠に続いて部室を飛び出した。そして光瑠は一度もこちらを振り返らずにそのまま駆け出していく。

「この私から、逃げられると思うなよ、かおりん!」


          ●


 キョロキョロと周囲を見渡しながら昨日も訪れた川野辺家の近所で足を止めると、光瑠はクイッと首をかしげた。

「あ~れ~?おかしいな、たしかこの道だったと思うんだけどな……。向こうだったかなあ?」

 八雲と光瑠の二人はこの周辺にあるという空手道場を目指していた。しかし、「場所知ってる」と言って先行していた光瑠からこの発言である。その後ろでは八雲がかすれた息を吐きながら、道沿いに設置された自販機にもたれかかっている。

「う……、うろ覚え……じゃん…………疲れた」

 昨日はバスを使ったはずの道のりを、光瑠は当然のようにバス停を無視して突っ走っていくので、仕方なく一緒に走ってきたのだ。基礎体力がない八雲には苦しい運動量である。

「道場の場所……ほんとにわかんないの…………?」

「ごめんなヤクモン、迷ったわ!」

(……軽い…………)

 大きく肩で息をしながら、ついてきたことを半ば後悔する。いつもなら苦笑でごまかすところを、ついつい恨みがましい視線を光瑠に向けてしまう。

「あははごめんって。ほら、おわび」

 そういいながら光瑠は自販機からスポーツドリンクを二本購入すると、一本を八雲に差し出した。自身の額にもにじんでいる汗を学校指定のジャージの裾でぬぐいながら、八雲の視線に笑顔を返す。

「あ、ありがと……」

 一息ついて水分補給というわけだが、このままでは行くあてがない。どうしたものかと、スポーツドリンクを一口含んだ。


「おっ八雲ではないか。なんじゃこんなとこで、研究会とやらはどうした?」

「ぶっふぉ!!」

 突然後ろからかけられた聞き覚えのある声に、驚いた八雲は収縮する肺の空気を止められない。

「うおきたな!ヤクモン汚い!」

「ゲホッ、ご、ごめん」

 民家の塀からヒョコッと顔をのぞかせたのは、額の模様が不機嫌なシワのように見える猫、どんだ。昨日の邂逅を経て弟子となった八雲は、今日もさくら公園で練習を見てもらう約束を取り付けている。しかし今、この場所で顔を見たい相手ではなかった。正体が香織の祖父であるこのネコに「香織が出て行ったので連れ戻しにきた」と言えば話がこじれるのは必定だ。

(ど、どうする……。この人、もといこのネコ、孫娘の話になると絶対めんどくさいし……)

 八雲は手の甲で口元をぬぐいながら、香織の話題を出さずにこの場を切り抜ける方法を考える。

「あー!どんだ!どん!」

 しかし同行者の内心などいざ知らず、川野辺家の飼い猫を見つけた光瑠は目を輝かせて突進していく。全身をこわばらせて飛び上がったどんは、迫りくる魔の手をかいくぐって八雲に助けを求めた。

「フニャ゛アアア!?光瑠の嬢ちゃんかい!うおお助けろ八雲ぉぉ!」

「こーら、にーげーるーなー!」

 逃げるどんと追う光瑠。八雲を盾にして逃れようとするどんを光瑠がしつこく捕まえようとするので、彼を中心にした追いかけっこ始まってしまった。

「なんだこれ…………」

 光瑠にはどんの言葉がわからないので、フニャフニャ鳴いているようにしか聞こえないはずだ。しかし、たとえ言葉が通じなくともこれほどまでに拒絶されれば普通はあきらめるというものだろう。だが、光瑠にはその“普通”が通じない。追いかけるのをやめてなお、八雲の影に隠れたままのどんを触りたそうに見つめたままでいる。

「ずるいぞヤクモン!いつのまにどんと仲良くなったんだ!?あたしにも触らせろ!」

「嬢ちゃんの触り方はめっちゃ痛いから嫌じゃ!絶対イヤ!」

「嫌がってるから無理じゃないかな……」

「ぬああああああずるい!!」

「そんなこと言われても…………」

 この猫は触らせてあげて下さいと頼んだところで、はいどうぞとは言ってくれないのだ。そもそも、言葉がわかることは秘密にしているようなので、堂々と会話するわけにもいかないのだが。

「ふう、やっぱこの嬢ちゃんニガテじゃ……。そんなことより八雲よ、さっき香織が帰ってきてすぐにどっか行っちゃったんじゃけど、知らんか?」

「うっ」

「うっ?」

(めっちゃ堂々と話しかけてくる……しかも川野辺さんの話を直接振られたらもうごまかしようがない……)

「どうしたヤクモン?」

「や、やーそれにしても川野辺さん、どこいっちゃったんだろーねー」

 稚拙な演技ではあるが、もうこの際仕方がない。それに相手が光瑠なら通用しそうでもある。

「え?かおりんは道場に行ったかもしれないからって探してるんじゃん。大丈夫?酸欠かヤクモン?」

「あ、そーだったうん、道場の場所がわからなかったんだー」

 わざとらしい会話を聞いたどんはハアとため息をつく。

「なーんじゃ、おぬしら迷子じゃったんか」

 チラッと八雲はどんの方を見る。猫は納得したように首肯すると、八雲たちがやって来た方向に歩きだした。

「(ありがとうございます、師匠)」

「お礼は猫缶でよいぞ」

「(はい)」

 ひそひそとお礼を述べながら、八雲はどんの後に続いて歩き始めた。

新年あけましておめでとうございます!

新年早々、デスクトップPCがクラッシュしてなんか使えません。データのバックアップは一応あるので大丈夫なんですけど、インストールしてたソフトやらがノートPCだとスペック不足なので使えないんですよね……。


しょんぼりなスタートですが、今年もよろしくお願いします!

では、またお越しくださいませー。

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