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5月2日、さくら公園・すべり台前 その1


『5月2日、さくら公園・すべり台前 その1』



 住宅街を背にしてしばらく歩き、商店街のアーケードを通り抜ければ、小さな神社が見えてくる。小さいとは言っても、木々が生い茂る鎮守の森と、よく整備された参道を備えた、こぎれいなものだ。その敷地に寄り添うように、「さくら公園」はあった。

 名にふさわしく桜やツツジが植わり、決して広くはないものの子供が走って遊ぶには十分なスペースが確保された公園である。日中は子ども達の声が響いたこの場所も、日が沈めば無人となる。特に抜道にはならないので、通りがかる人もいない。

 今、太陽が沈みきり、空が宵の闇に染まったばかりのこの時間、一人と一匹の姿がすべり台の前にあった。


 向かい合う両者の内、深藪高校指定のジャージを着こんだ人間の方が口を開く。

「お願いします、師匠!」

「その師匠ってのやめんか?恥ずかしいわい」

 呼びかけに対して猫は人語で応えた。人間の名は佐藤八雲、猫の名はどんである。

「押忍!では老師!」

「やかましい!おんなじじゃ!」

 バス停での再会後、彼らはこの公園へと移動してきたのだ。

 八雲の「ABAを教えてほしい」という願いに対して、「まあ、ファンの希望に応えるのも人気者の務めじゃな。秘密も守ってもらわねばならんしな」とはどんの返事である。元・人間にしてABAの元祖でもあるこの猫は、まんざらでもない様子で八雲の願いを聞き入れたのだった。

「あんまり騒ぐでないわ。ワシの言葉がわかるのは自分だけだと忘れとるのか?完全に不審者じゃぞ。警察がきたらワシぁ逃げるからの」

「そ、それは困りますね……」

 夜の公園で独り言を口にしながら怪しい動きをする男性がいれば完全に通報対象だ。事案発生である。顔を赤らめた八雲は声のトーンとテンションを絞った。

 やれやれと首を振りながら、どんはおもむろに歩き出す。

「そうじゃ、忘れとったわい。小僧、名をなんという」

「えっ、ご存じなかったですか?えーと……」

「香織が名字で読んどったのは覚えとるぞ。佐藤なんとかじゃろ?」

「あ、そうか。……佐藤、八雲です、よろしくお願いします」

 名前を言った八雲にどんは向き直った。

「うむ。では八雲よ、今からお前の力をみる」

 そう言って前足を振るい、ざっとツツジの植込みを乱してから、その場に座り込んだ。

「……2匹、そっちに行ったぞ」


 突然始まった試験らしきモノに八雲は思わず声を上げる。

「え、わわっ!?」

 どうやら、どん老師は植込みに潜んでいた蚊をけしかけたようだ。薄暗がりの中で八雲の目は蚊を捉えることができない。

 人の視覚から逃れる、“ステルス性”。八雲とて自室に侵入した蚊を幾度も撃退した経験からその性質はよく知るところであり、それを見破るノウハウも持っている。だが公園に光を反射する壁や天井はない。すなわち、この場は解放空間である。公園の照明が空中の蚊を露わに照らしてくれるはずもなく、視線は虚空をなぞるばかりだ。

(ど、どうすれば……こんな暗がりで蚊を見つけることなんてできるわけ――)

 あせるばかりの思考は、いつもの動作をとりあえず、と選択してしまう。

 まず大きく一歩を後ろに下がり、視野を広げる。それと同時に姿勢を低く構え、若干の左移動で光源である外灯が自身の正面に来るように位置を調整する。そして、植込みから蚊が接近してきたとすれば通過するであろう空間に、焦点を定める。この一連が、見失った蚊を再び見つけるために、八雲がいつもやっている定石だ。

 一方、座ったままのどんは瞳孔を丸く大きく開いて、素早く動いていくジャージ姿を視線で追う。

「ふむ……」

 一秒、二秒と時が流れる。時間をかければかけるほどに、蚊がいるかもしれない空間はじわりじわりと広がっていき、八雲が探りきれる範囲をあっという間にはみ出してしまった。

「くそっ……、全然見つからない……!」

 八雲は思わず悪態をつく。ここが自室なら、いや、せめて自分の住む家の中だったなら、そこにいたはずの蚊を確実に捕捉できただろう。しかし、太陽も隠れてしまったこの時間の公園では、ターゲットを捕捉するどころか、視界にかすらせることもできなかった。

「もうよい、よくわかった。…………首の右側じゃ」

 怒るでもない、残念がるでもない、ただ冷静にどんは言い放つ。

 言われたことを瞬時に理解して弾かれたように首を叩く。八雲が急いで確かめたその手には、少し赤い色の混じった蚊の死骸がこびりついていた。


          ●


 薄青い外灯の光に照らされて、八雲は失意の顔を地面に向けながら両手両膝をついている。 

「む、あーきたきた、こっちきたわい。…………ほっ、はぁっ!よっしゃ!仕留めたぞい!」

 蚊を殺すことになら、自信があった。

「どうじゃ八雲よ、猫になってもワシはすごいじゃろ?」

 伝説とまで言われる人物(猫)に教えを請う、という大胆なことができたのも、それなりの自負があったからだ。

「おい、聞いとるのか。見ろ!ワシが仕留めたんじゃ!」

 しかしそれはうぬぼれであった。所詮は井の中の蛙。自宅、自室にひきこもって見よう見まねをしていただけ。一歩外に出れば通用せず、である。

「やくもー!おーい!」

 どよん、とした暗い表情の八雲は、何やらわめいているどんに向かって謝罪の言葉を口にする。

「すいませんでした…………。蚊を見つけることもできずに、あまつさえ血まで吸われて気づかないなんて……そんな体たらくであなたに師事するなんておこがましい…………」

「おこがま……、ええー……?ネガティブすぎじゃろお前さん」

「すいません………………」

「ま、まあ、あれじゃな……実力が足りんのは事実じゃがな」

「やっぱりそうですよね……生きててすいません…………」

 八雲のネガティブ発言は止まらない。どんはため息をつく。

「なーにを落ち込んどるんじゃ。やる気なくなったんかの?」

「でも……せっかく教えてもらっても、僕がふがいなさすぎて……」

「あーやだやだ。ワシ、お前さんみたいな湿っぽいタイプ嫌い。こういうタイプは褒めんと何にもできんからめんどくさいわ」

 いいかよく聞け、と言いながら目の前の頭に左前足を乗せる。

「お前の体捌きは不格好で、まるっきりド素人の猿まねじゃ。基本がなっとらん!…………がしかし、意図と動作に矛盾がない。対処も的確じゃ。蚊がどういう虫なのかを、よく知った上で動けておる」

「えー……と、つまり……」

 ――つまり、

「初心者のくせになかなか見どころがある、ということじゃ。…………ん、なんじゃ?褒めとるんじゃから喜ばんか」

 佐藤八雲はポカンと口をあけたまま、目の前の猫の眉間のシワを凝視していた。

どうも、毎度お待たせしております裸地です。いつも読んでいただいてる方々に感謝しきりです。

ところで、そろそろPS4でシュタインズゲートゼロが発売らしいのでウキウキしてます。あの作品好き。

こっちも頑張って更新しますよ。モチロンデスヨ。


よろしければ、また次回もご訪問ください。それでは。

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