5月2日、川野辺家 その2
『5月2日、川野辺家 その2』
「ヤクモンがやばーい!!」
部屋のドアを開き、そのまま転がるように入室する光瑠。後に八雲がアワアワと続く。
「どどどどどうしましょう、ぼくまだその入部、紙、提出で、あの」
「ヤクモンがやばい!」
「あああああんなえらそうに参加がどうのってす、すいません!すいません!」
「ヤクモンがやばい!!」
二人そろって青い顔で、出てくる言葉にはろくに情報が乗っていない。
この場は川野辺御凪の自室。六畳ほどの室内に五人の顔ぶれがそろっている。たった今、八雲と光瑠の二人が遅れて到着し、三人が待つ部屋に合流した形だ。
二人は部屋に通されるなり、取り乱した様子でまくしたてた。
「ちょ、ちょっとまって二人とも落ち着いてよ。えーと参加?入部……?」
香織は暴走する二人が何を伝えたいのか、キーワードを拾おうとするがいまいち理解できない。八雲はペコペコとするばかり、光瑠は連続再生のごとく「ヤクモンがやばい」と繰り返すばかりである。
ふむ、とあごに手を当てた御凪が横から口を出す。
「おおかた、“自分がまだ正式な部員じゃないから、大会の参加規程に引っかかるんじゃないか?”ってとこだろう。ん?どうだ」
「そ、それ、そうです!」
激しく首肯しながらそれ、それと必死さのこもった指を振り回す八雲を見て、腑に落ちる香織。
「あー、なるほどそういうことね……って、これで分かっちゃうお兄ちゃんはエスパーかなんかなの?」
真意を見事に言い当てた御凪に、我が兄ながらと感心しつつも呆れ顔である。一方、未だ不安げな顔の光瑠はもう一度憂いを口にする。
「ねえ、ねえやばくない?ヤクモン大丈夫?」
その取り乱しようは全然大丈夫ではないが……という言葉を飲み込んで、苦笑しながら御凪は首肯する。
「ああ、大会の参加規程は年齢制限のみだ。部員だのなんだのは関係ない」
「はぁー……よかったあ…………」
「よかったよお……ヤクモン」
光瑠と八雲は顔を見合わせて、同時に安堵のため息をついた。
「ってゆーかお二人さん?さっき大会パンフ渡したでしょうに。それぐらい書いてあるんですけど」
「「えっ!?」」
香織の指摘に、カバンから急いでパンフレットを取り出して目を走らせる八雲。
にひひ、と笑いながら香織は八雲の持つパンフレットの≪参加規程≫と書かれた文字をトントンと指で叩く。
「あれだね、佐藤君って意外に抜けてるとこあるんだね」
「あ、あはは……」
八雲は目をそらしながら、笑ってごまかした。
●
なんとか落ち着いた二人を迎えて、五人が部屋の真ん中に置かれたテーブルを囲む。
川野辺母が運んできたお茶をずずっとすすり、作戦会議――と御凪が口にしてからは、彼の独擅場だった。
「今回の大会で俺たちが参加するならやはりこれだ。『屋内駆除(蚊)』、最大五名のチームで模擬家屋内のターゲットを制限時間内に殲滅する。もっともスタンダードなルールの一つだな。さらに――」
御凪がルールブックや競技指南本を何冊も本棚から出してきて、目を輝かせながらあれこれと解説し続ける。八雲が同じく目を輝かせてそれを聞く。気をよくした御凪はさらに解説する。もう止まらない。
「放たれるターゲットの総数は……生存しているターゲットが……見逃し率に……制限時間内に任意のタイミングで……余らせた時間はボーナス点として……すぐに終了したほうが高得点を……」
「へー……、なるほど!そうなんですね。これは……?あーそうか!」
男子二人がキラッキラな表情で書をめくり筆を走らせるのを横目に、女性陣は各々好き勝手に動く。
「あー、これはあれか、勉強だな。勉強はヤクモンに任せるよ!あとで教えてね!」
「私、今ここにいる意味あんまないよね。ルール談義はさんざんお兄ちゃんに聞かされてるし……ちょっと自分の部屋行ってくるねー」
「うちは今から予選大会に間に合う道具でも考えとくな?うちも協会派ルールの話は、みーくんに何度も聞かされてるしな」
お菓子をむさぼり始める光瑠。席を立って部屋から出ていく香織。自分のノートを取り出して何やら書き出すまなび。そしてそれらをまったく気にせず、ABA談義に花を咲かせる御凪と八雲。
五人集まった意味は、あまりなかったかもしれない。
たっぷりとルールの詳細について、そして競技の奥深さについての講義を御凪から受けた八雲は、お茶を一杯飲み終えたころトイレに立った。
後ろ手にドアを閉める向こうから、御凪と光瑠の会話が聞こえる。
「おい、光瑠。いい加減に少しくらいは競技の話を聞けよ。当日にルールがわかりませんでは話にならんぞ」
「あーもーうるさいよボスぅ。蚊を殺すんでしょ?それだけじゃん」
八雲はあははと笑いながらドアを閉め、教えられたトイレを目指す。トイレの扉は廊下の突き当りに位置し、階段を通り過ぎた場所にあった。
なれない芳香剤の匂いが漂う中で用を足し、洗った手を拭きながら廊下に出る。すると、ちょうど階段を上ってきたらしい一匹の猫が立ち止まってこちらに顔を向けた。
「ふん、いけすかんガキじゃ」
八雲は愕然として、耳を疑う。
(猫が、しゃべった!!)
たった今、確かに口をきいた猫は、あう、あうと口を動かす八雲を無視する。一番手近なドアの取っ手に前足だけでとびかかり、器用に開いて中へ入っていった。
あまりの非現実的な出来事に、無意味にあたりを見回す。しかし、いたずらを仕掛けている第三者(具体的には光瑠)の姿は見当たらない。そもそもさっきの声は初めて聞く声色で、渋めの男声であった。
「ど、ど、どう」
どういうことだろうか。今、猫が入っていった扉には『かおりの部屋』と書かれたネームプレートが下がっていた。
おっふ、ごめんなさい。またお待たせしました。
ちょっと身内の結婚式で実家に顔出していまして。(言い訳)
大体4、5日ぐらいで更新できたらなと思ってます。またお願いします。




