第709話 「古《いにしえ》の魔法武官」
ルウ達の前に佇む石造りの巨大な砦跡……
その砦の上空にいきなり、もくもくと黒雲が湧き起こる。
黒雲は自然のものではない。
術者によって呼び出された魔法雲である。
禍々しい魔力波が満ちる黒雲の中より男の声が響き渡った。
「貴様っ! やるな! 名を名乗れっ!」
ルウは黒雲を一瞥すると、さも面白そうに呟く。
「……成る程、幻影の魔法の一種か。やはり中々の腕を持つ魔法使いのようだ」
幻影の魔法とは魔力波を媒介とし、自分自身や意図する者の映像を投影する魔法である。
姿だけでなく、声も発する事が出来るので魔法に長けた古の王達はこの魔法を使って演説を行ったと伝えられていた。
ただ黒雲の中に、肝心の術者の姿は見当たらない。
ルウは敢えて術者を無視した。
何か、考えがあるようだ。
暫く経ってもルウが名乗らないので、相手は焦れてしまったらしい。
「何故、名乗らぬ! ……むう、貴様! こちらから名乗れというのか? ようし、分かった! 望むなら名乗ってやろう! 私はシリウス公国、魔法武官シモン・ゾンダーハ! 爵位は子爵! このアエトス砦を任されておる!」
ここで漸くルウが名乗った。
それも到ってシンプルな形で、だ。
「ははっ、俺はルウ・ブランデル……平民だ」
「何!? 平民のルウ・ブランデルだと!? 所属国はどこだ!?」
「さあ、どこかな? 言ってもお前には分かるまい」
含みのあるルウの言い方が、自分を馬鹿にしたと思ったに違いない。
シモンは激高してしまう。
「きき、貴様! そもそもルウなどとそのような名は知らぬ! だがお前ほど優れた魔法使いを、私が知らぬわけがない! ははぁ! 分かった! 貴様は身分を偽り、その上で偽名を名乗っておるな、憎きガルドルドの魔法使いらしいわ!」
シモンの所属国はシリウス公国、戦っている敵はガルドルド魔法帝国……
ルウには思い当たる節があったようだ。
「シリウス公国にガルドルド魔法帝国? ふうむ、成る程、やはりそうか……」
「貴様ぁ! 何を勝手に納得しておる! どうせ我が砦を攻撃するのは薄汚いガルドルドの手の者に決まっておる! もしくは金で奴等に雇われた他国の魔法使いなのか!?」
シモンは執拗にルウがガルドルド魔法帝国の手の者だと断定しに掛かっている。
ルウは仕方なく否定し、シモンが改めてシリウス公国の者か問い質した。
「そのどちらでもない、お前は……シリウス公国の魔法武官なのだな」
ルウが念を押すとシモンは益々激高する。
「そうだ! 先程、そう名乗った筈だぞ! それより、お前のお陰で私の計画が大きく狂った! あのちっぽけな村を軽く蹂躙し、間を置かずジェトレの都を奪還する! それが私に与えられた使命なのに貴様が邪魔をしたのだ!」
シモンの言う事は今の時勢と全く噛み合っていない。
ルウは改めてシモンに問う。
「使命? オークのような異形の人外を使っても、という事か?」
「オーク? そのような事は知らぬ! 私があの村へ派遣したのは全て我が精鋭! 屈強なシリウス公国軍とその同盟軍だ!」
そうか……ルウは納得したように頷いた。
あのオークを自軍と認識しているシモンはやはり異常である。
どうやらルウは完全に確信したらしい。
「同盟軍? ……それは俺達が倒した人外のオーク共だろう?」
「ふざけるな! 今も目の前で大事な同胞と同盟軍を虐殺しておいて! 貴様など偉大なる神に罰せられ、地獄に堕ちるが良い! 殺してやる! 貴様を絶対に殺してやるぞ!」
呪詛の言葉を吐き、ルウを殺すと宣言したシモンは何か召喚魔法を発動するようである。
「マズビ、マザーヴ、アック、ヨク、シャリオス……コゼベッド、ハ、ニャック、キン、ケアモ、ケホウ……赤き目を持つ偉大なる黒き、猛き戦士達よ! 我の前に出でよっ!」
シモンの言霊が朗々と詠唱されると、ルウ達の前の地面から禍々しい瘴気が立ち昇った。
瘴気は黒い巨大な影3体に変わり――徐々に実体化して行ったのである。
そして実体化して現れた魔物とは……
その逞しい巨体にルウは見覚えがあった。
ロドニア王国との対抗戦において狩場の森で対峙した敵……食人鬼の上位種オーガエンペラーである。
1体のオーガエンペラーが吼える!
巨大で真っ赤な口が耳まで裂けたように開かれると凄まじい咆哮が辺りに響き渡った。
があああああああっ!
1体が吼えると残りの2体も続けて咆哮する。
があああああああっ!
があああああああっ!
空気がびりびりと振動し、ルウ、ミンミ、そしてモーラル以外は身体が硬直し、悪寒が走った。
オーガエンペラー達はこう言って馬鹿にしているのだ。
お前達など餌だ!
単なる餌に過ぎないのだ、と。
彼等を見るルウの表情はいつもの通り穏やかであった。
ミンミは凜とした表情でオーガエンペラー達を睨み、カサンドラは脱力してしまっている。
「ルウ様、私に1人で行かせて下さい!」
ミンミはきっぱりと言い放った。
「せせせ、先輩……」
無茶です!と言いかけたカサンドラに対して、ミンミは爽やかな笑顔を見せた。
それは決して無謀な戦いに望む者の顔ではなかった。
「ミンミ……先輩……」
「よっし、ミンミ! 奴等は魔導食人鬼だ。悪魔の紋章の力で守られた強化オーガさ、並みの攻撃など受け付けない強力な対魔法、対物理が施されている」
「はいっ! 今、ルウ様の戦いを魔力波で見せて頂きました。問題ありませんっ! 行けます!」
「その前に」とルウは呟いた。
パチンと指を鳴らすと、フラン、モーラル、ルネが傍らに現れる。
いよいよ砦に突入という頃合だと判断して、転移魔法でフラン達を呼び寄せたのだ。
「旦那様! あれはっ! 狩場の森の!?」
フランが叫ぶと、ルウが頷き指示を出す。
「俺が合図をしたら、オルトロスを下がらせるんだ、奴等はミンミが対処する!」
「ミンミさんが!?」
「うふふ、ミンミと呼び捨てで良いですよ、フラン姉!」
呆気に取られるフランに対して、ミンミは悪戯っぽく片目を瞑ったのであった。
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