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第708話 「教師モーラル」

 敵の魔法使いが放った巨大な火球は一瞬揺らいだかと思うと、一気にルウ達へ向かって来る。


 ルウは先程と同じ様な仕草をしようとして、すっと手を引いた。

 口角が僅かに上がり、瞳がすっと細くなる。

 どうやら何かに気がついたようだ。


「ははっ、成る程! 今度は俺が同じ様にあの火球を破砕すれば、破裂した炎が四方に飛び散り、俺達が焼夷するような仕組みになっているのか」


 敵の魔法使いも馬鹿ではない。

 今迄のようにルウに火球を破砕される事に対して、対策を講じるどころか、巧妙な罠を仕掛けたのである。


 ルウの言葉を聞いたカサンドラが、緊張で身体を固くした。


「ルウ様! となると、どうすれば!」


 ここでひとつ提案をしたのがミンミである。


「物理、魔法共々防ぐ事の出来る万能型の魔法障壁が最適ですね!」


「ははっ! ミンミの言う通り魔法障壁は確かにベストな選択だ」


 ルウは不敵に笑う。


「しかし折角だから、奴の『期待』に応えて俺も違う方法を採ろう!」


 ルウは指をピンと鳴らすと、呼吸を整えて魔力を高めて行く。


「はっ!」


 ルウが短く声を発すると、またもや魔力波オーラが大量に放出され、大気がびりびりと震えた。

 またもや無詠唱で魔法を放ったようである。

 そして火球は先程のようにいきなり四散したりはしなかった。


 何と!


 火球は不定形に、いびつな形に歪んで行き、どんどん小さくなって行くのだ。

 そして最後に火球はふっと消えてしまったのである。


「「えええっ!?」」


 ミンミとカサンドラが驚く中、ルウは相変わらず笑みを浮かべて立っていた。


 一方こちらはモーラルが発動した巨大な氷柱に囲まれたクランステッラの陣地だ。

 フラン、モーラル、ルネの3人が陣取っている。

 ミンミとカサンドラ同様、フランとルネも今のルウの魔法に対して驚きの余り大きく目を見開いていた。

 

 クランメンバーの中で唯一、納得したように頷いたのは、やはりモーラルである。


「モーラルちゃん!!! もしかして、あ、貴女には分かるの!? 旦那様が一体何をしたのか!?」


 フランの追求に対して、モーラルは再度頷いた。

 今、ルウが発動した魔法も全て把握しているという表情だ。


「うふふ、間違いなく相手の魔法制御――火球の強制転移ですね。私達の安全の為に最良の策を取ってくれました!」


「えええっ!? 相手の魔法制御!!! 火球の強制転移!? 最良の策?」


 フランは驚いたが、興味津々という面持ちである。

 しかしルネは完全に戦意を喪失していた。


「はう! つ、ついて行けない! 会話についていけない……私、黙って聞いています」


 ルウ達がオーク、骸骨剣士ら陸戦部隊を排除したのと、魔法も無効化してくれたのでフラン達に対して今のところ攻撃の気配はない。

 だがモーラルは敵の気配に気をつけながら話を続けた。


「はいっ! もし破砕すれば多分、2次攻撃の怖れがあった火球を旦那様が創った異界へ強制転移させたのでしょう」


 フランは自分の耳を疑う。

 聞き間違いではないのか、と!


「敵の魔法使いが放った火球を!? 異界へ……強制転移! そんな事が出来るの!?」


 身を乗り出して迫るフランに、モーラルはにっこりと笑う。


「はい! 相手となる術者の格や魔法技術にもよりますが、発動した相手の魔法を制御コントロールし、無効化してしまう事が、ルウ様には……私達の旦那様には可能なのです」


「そ、そんな!」


 聞き間違いではなかった。

 モーラルの言う事は事実なのである。

 フランの反応を見たモーラルは納得の表情だ。


「フラン姉が驚くのも無理はありません。私や赤帽子アルフレッドなどは魔法に対しての抵抗力は多少あります。ただこれはあくまでも自分に向けられた魔法の効果を弱めたり、掛かり難くするというレベルでしかありません」


「確かにそれなら理解出来る! だけど! 他人が発動した後の魔法を自在に制御するなんて聞いた事が無いわ!」


 フランが言う事は至極当然である。

 なのでモーラルは一旦フランに同意した。


「常識的に考えればそうです!」


「常識的って……」


 常識的……


 確かに通常の会話の中では切り札となるべき言葉である。

 しかし、非日常的な事を行うのが魔法使いの真骨頂であるとしたら、これほどそぐわない言葉はない。


 フランはそう考えると、だんだんまともに受け止めるのが馬鹿らしくなって来た。

 そもそも話題の主はルウという規格外の魔法使いの事なのだから。


 片やモーラルは教師として何とかフランに理解して貰おうと考え、説明の仕方を考えていたようだ。


「うふふ! そうですね……ああ、例えばですよ、催眠術ってあるでしょう? 深層心理に働きかけて相手を意のままに操る術ですよね。相手に対して術に掛かり易くするような誘導をしませんか」


「え、ええ……それは」


 催眠術……

 

 言われてみれば、術者は掛かり易くする為に言葉をメインとして巧みに心理を突いて来る。

 しかし、催眠術とルウの魔法に何の関係があるのだろう?


「催眠術とは魔術的に言えば、様々な手法の誘導により、掛けようとする相手の魔力波オーラを術者に同調させ、意のままに制御コントロールしてしまう魅惑の魔法テンプテーションの一種なのです。その『誘導』を旦那様は魔法戦において瞬時に、その上で容易たやすくやってしまう。相手の術者が無意識のうちに!」


 確かに理屈や理論はそうだ!


 しかし理論と、実践では大いに違う。

 頭の中で考えてイメージするのと、実際に行うのでは難易度が全く違うのである。

 フランはルネ同様、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまう。


「…………」


魔力波オーラを完全完璧に同調させれば相手が魔法で生成し、制御された火球も催眠術同様、こちらの意のままになります。当然、難易度はとても高くて、実践出来た術者は私の知る限りでも旦那様を含めて数人だけです。だけど、この魔法って成功すればとてもメリットが大きいのですよ!」


「メ、メリット!?」


「ええ、この魔法は発動の際の魔力は結構な量を消費しますけどね。相手が魔法で生成したものをルウ様の創った異界に送るメリットはとても大きいのです」


 ここまで聞いてフランは何か糸口を掴んだようである。


「う~! だんだん分かって来たっ! モーラルちゃん、もっと教えてっ!」


 もはやフランは完全に勤勉な生徒の顔になっている。

 彼女も母アデライド譲りの好奇心、すなわち未知の魔法に対しての探究心が半端ではないのだ。


「相手の術者が放った火球などを、この現世うつしよと違う異界へ送ると、大体発動前の魔力波オーラや魔力に変換されます。そうなると異界と繋がった旦那様の魂へ自動的にその魔力が補填されるという無敵の技です」


「はい~っ!? そ、それって! 魔力吸収の一種なのっ!」


「フラン姉! 当たりです! 私の能力をご存知でしょう? 私は対象へ接触しての魔力吸収が食事――すなわちかてでありますから」


「魔力吸収……凄いわ!」


 フランはとうとうルウの魔法の真髄――あくまでもほんの一部であるが、とうとう理解出来たのだ。

 やはりルウは底の見えないとてつもない魔法使いなのである。


「ええ、本来、旦那様は4大精霊の祝福により大概の魔法は無効化出来るのです。しかしこのように相手の魔法を完全に防ぎ、自分の魔力に変換するという魔力吸収の見本を私達へ見せてくれたのですよ」


「…………」


 更に凄い事実をしれっと言うモーラルに対してフランはまたも黙ってしまう。


「あら! フラン姉、臆しましたか? ルネさんなんか完全に固まってしまっていますけど、うふふ……」


「おお、臆してなんかいませんっ! いつかは……私も……絶対に習得したい!」


「うふふ、その意気ですよ、フラン姉! 私も同じ様にぜひ習得したいと思っているのですから!」


「モ、モーラルちゃんも!?」


 フランの問い掛けに対して大きく頷いたモーラル。

 彼女の表情は相変わらず学ぶ事に対して前向きな笑顔であったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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