七日目・「どうしよう?」
僕、生きています。生きているって素晴らしい。
なんというかダイレクトに「死」というものが降りかかってきてしばらく動けなかった。
「…はぁ、私がそんなことを」
メンタルダメージからある程度回復した僕は自分の行動に疑問をもっていた明日香ちゃんにさっきまでの話をした。
彼女に自覚はやはりなかったようで目を泳がせたあとに気持ち悪そうに涙の後を擦りながら軽く頭を下げた。
僕たちの間には当たり前というか、気まずさが漂っていた。わざとではないにしても(というかわざとなら死んでいるけど)怖かったものは怖い。
目がマジで据わっていた。泣かなかったのが奇跡だ。
「で、でもよかったよ。明日香ちゃんが元通りになってくれて」
わざと軽く言ってみたが逆効果に終わったようだった。
ちいさくため息をついて明日香ちゃんは自分の頬をぺちんと叩いた。
「お兄さん、ほんとすいません……」
「ほ、ほらもういいから…。これからのことを考えないと」
「そうですね…」
相当へこんでいるようだった。
お前何言ったといわんばかりにブルータスに睨まれた。散々じゃねえか僕。
本当に、どうやって前原さんは明日香ちゃんを攻略していったのだろうか。
それとも僕が駄目なのか。そうか。そうなのか。
いや、こんな自問自答にいちいちへこんでいる場合ではなくて。
改めて背筋を伸ばして明日香ちゃんを見据える。
「僕は、前原さんを迎えに行きたいと思うんだ」
甘いとは思う。それが命取りになる可能性もある。
だけど、せめてもの恩は返したかった。
明日香ちゃんは少しの沈黙の後に口を開いた。
「……それは、私もです」
その答えを聞いて肩の力を少し抜く。
よかった。
何を考えているのかは不明だが前原さんを見捨てないという方向性は一致した。
「でも」
と、明日香ちゃんは続ける。
その手はわき腹を押さえていた。痛いのだろうか。
「怖い。あの男と会うことが、とても怖いんです」
「…明日香ちゃん」
「でも、おじさんは放っておけません。私のせいであそこに残ったんですから」
「明日香ちゃん、それは違うよ。彼は彼自身の意思で僕らを逃がした」
「そうかもしれないけど!」
彼女は強く頭を振ってそのまま両手で抱えた。
「おじさんがあいつに殺されていたら、どうしよう?」
幼子のようなその言葉に、表情に、僕は何も言えなくて。
「明日香ちゃん…大丈夫、前原さんは強いから…」
答えになんかなっていない。
自覚はしているものの、それ以上に何を言えばいいのだろうか。
僕は己の未熟さから目をそらすように明日香ちゃんを抱きしめた。
腕の中で震えているのは、殺人鬼ではなくて。最悪のパターンに心をすり減らし恐怖に唇を噛みしめているただの少女だった。