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間章・母親のこととおせんべい 2

 聞き方がまずかったような気もするが、考えたら負けだ。

 恋愛方面でも通用しそうなセリフである。


「どう、か。羨ましかったかなぁ。ほぼ放置されていたようなもんだからね、兄さんと彼女以外」


 真面目に答えてくれた。

 兄さん、というのは健一伯父さんのことだろう。秦野四兄妹の長男。

 わたしは確か小さいときに一度きりだけあった。

あの人は交通事故で死んでしまったから一切と言っていいほど思い出がない。


「放置…?」


「両親は兄さんの教育に熱心でね。ほかはどうでもいいっていう感じだった」


「……そうなんですか」


 お母さんはそんなこと一度も言わなかった。

 だけどなるほど、実家に寄り付かなかったのはそれがあるからかもしれない。

 

「そしたらあとの二人ぼくらがおバカさんに育っちゃってねぇ――そこに来たのが舞花だ。そりゃあもう熱心に育てようとするよ」


「へ? 来た・・? 生まれた――じゃなくて」


「あれ…知らないんだ」


 伯父さんの顔が真顔になる。

 こういう時、大体とんでもない話が出てくるのでわたしはある程度の覚悟をしておく。

 驚きすぎて相手の気分を害してしまったらそれまでの努力が無になる。

 伯父さんは目を背けて二度塗りせんべいをかじりながら何かを悩んでいたようだが、欠片をかみ砕き飲み込んでからまた私に顔を向ける。


「すっごい言いにくいんだけど、舞花…愛人の子だったんだよね」


「……」


 そういうパターンだったか。


「愛人の人が死んで引き取ったから、実質あの子養子なんだ。年が咲より十五ぐらいちがったはず」


 違いすぎだろう。

 お母さんが今五十五、六だから…生きていたとしてもまだ四十代前後。

 となると明日香ちゃんたちは舞花さんがまだ二十そこらで生まれた子供ということになる。若い。


「というより、お、おじいさまが愛人作っていたんですか…」


 盛んだなおじいさま。

 さすがに口に出して言えませんけど、ええ。


「いやぁあれは大変だった。お皿割れまくった」


 遠い目で伯父さんはつぶやく。

 そこまでの喧嘩したのによくおばあさま離婚しなかったな。おじいさまが必死で謝ったのかおばあさまが最終的に許してやったのか。


「――舞花は、自分が行きずりの愛で生まれた子供だって気づいていた。引き取ったのは五歳ごろだし当たり前か」


 暗い顔で伯父さんはお茶を啜る。

 行きずりのあたりをもう少し突っ込みたい気分だったがやめた。本人が触れたくないことをわざわざ触れることもない。

 それに、これは仕事じゃないんだからそこまで熱心にしなくてもいいだろう。


「しかも兄さんのように重い期待をかけられた。壊れていくのも、当たり前だったんだよね」


 懺悔のように、頭を垂れた。


「家を飛び出してしまうまで、ぼくは彼女自身の崩壊に気付いてやれなかった」


 一瞬その姿が六歳年上の幼馴染に被った。とある事故を自分のせいだとして苦悩し続ける彼の姿が。

 どうすればいいのだろう。

 誰も彼も、勝手に罪を背負って生きている。


「そういえば」


 と、五分かそのぐらいたって伯父さんが顔を上げた。


「子供の名前なんだっけ。舞花の」


「…明日香、です」


 京香ちゃんの名前は出さなかった。

 あの事件を追っかけていた人間が数人死んだり大けがしている。偶然とは思えない。

 だから、この人に隠された情報を提示して危険にさらすわけにはいかない。


 舞花さんが明日香ちゃんに殺されていることはすでに知っているようだ。

 だって、遺骨を引き取ったのは他でもないこの家なのだから。


「明日香、か。ふぅん――そう。子供がいたのにも驚いていたけど、これは…」


 姪っ子の名前を聞いて何か考えている伯父さん。

 罵倒の言葉が出てくるかと思いきや、それは全く違うものだった。


「もう一人いたなら、その子は“キョウカ”ってなってただろうね」


 私は明らかに動揺していただろう。

 なぜ、ここで彼女の名前が来たのか。


「え……」


「舞子に健一兄さんがたまに童話読んであげていたんだよ」


「その童話に名前が?」


「うん、ちょっと待って。取ってくるから」


 そういって立ち上がってどこかへ消える伯父さん。

 正座、崩していいかな。かなりしびれてしまったのだけど。

 暇を持て余してしまったのでおせんべいをカリカリ食べて、二枚目に差し掛かるときに伯父さんは帰ってきた。


「これこれ」


 渡されたのは古びた本。それなりの厚さはある。

 手垢で黒ずみ、年月も経っていてところどころ痛んだそれを慎重に開く。


“しあわせなおんなのこたち”


 知らない童話だ。

 もしかしたら自費出版だとかそういうものかもしれない。

 一ページめくって目次、もう一ページめくると――物語が始まっていた。

 手が勝手に震えた。


 ――むかしむかし、アスカとキョウカという女の子がいました。


 どうして舞花さんは、この子たちの名前をわが子に付けたのだろう。

 しあわせになってほしかったのかな、なんて。都合のいい解釈を考えたかった。



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