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喫茶厨房本能寺 -徳川家康の倹約道-  作者: 本能寺


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第6話「米狂いの石高と先物の蜃気楼」

第6話「米狂いの石高と先物の蜃気楼」


第1場:カルテ4枚目・「米換算」の奇書


東暦一五七三年、冬の深まり。

夕暮れの三河開発・代表室。

本日も蛍光灯は半分だけ消され、薄暗い室内で30代の青年社長・徳川家康はカタカタとノートPCのキーボードを叩いていた。

モニタの青い光を反射しているのは、ディスプレイ作業時のみ装着する特注のPC用ブルーライトカット眼鏡である。

机の上には、1杯800円の無農薬ケール青汁の瓶と、スーパーの見切り品である1パック18円のこんにゃくが置かれている。


「社長、本日の節約実績です。

昼食は甘辛く煮た見切り品こんにゃくと麦飯、お茶は出がらしの玄米茶。

……そして、先ほど裏の空き地からきれいな小石を拾ってきて、ペーパーウェイト代わりに机へ置きましたね」

「うむ! 文具店で文鎮を買えば500円は下らんが、自然の造形美を愛でれば資材費は0円!

さらに小石を拾うための往復3分の早歩行によって下半身の大腿四頭筋を刺激し、基礎代謝を向上させた!

認知機能の維持にも寄与するはずで、資産防衛と健康寿命を両立する極めて合理的な一石二鳥じゃ!」

「机の上が河原のゴミ捨て場みたいになってますけどね」


元忠が冷ややかにペンを走らせた、その時だった。 内線電話がけたたましく鳴り響いた。

元忠が受話器を取る。


「はい、三河開発……あ、信長社長。

……はい、カルテの4枚目ですね。

……え? 『あの几帳面な米野郎の財布を一度覗いてこい』?」

元忠は受話器を置き、机の上の【本能寺スタッフ家計カルテ】の4枚目を引き抜いた。


「社長、信長社長からのご指名です。100万円のコンサル契約、第4号が決まりましたよ」

「ふむ。一益殿、利家殿、勝家殿と続いて……ついに本能寺の金庫番か」

「はい。経理担当の【丹羽長秀】さんです」


元忠は、長秀が自ら几帳面な毛筆で記して提出してきたという『個人家計報告書』を広げた。

その書類を覗き込んだ家康は、怪訝そうに眉をひそめた。


「……元忠。なぜ金額の単位が『円』ではなく、すべて【石(こく)】や【俵(ぴょう)】になっておるのじゃ……?」

「仕様です社長。丹羽さん、全人類の経済活動を米の収穫高でしか把握できない重度の米狂いですから」


長秀の家計簿は、恐ろしい筆致でこう記されていた。


【丹羽長秀・月間個人収支報告(可処分所得:米百二十俵相当/約180万円。以下、主な支出項目)】

自宅主食:契約農家直送・有機栽培コシヒカリ(玄米三俵):米三俵

間食・加工品:米粉100%の特注グルテンフリーパン、米粉パスタ、米粉カステラ:米一俵

飲料:米麹100%の極上甘酒、銘醸純米大吟醸:米一俵

ふるさと納税(全国の特Aランク米・返礼品定期便):米四俵分寄付

株式投資:大手農業機械メーカー、国内種苗会社、米菓メーカーの現物株購入:米十俵

農業振興寄付:若手稲作農家支援ファンドへの毎月寄付:米五俵相当(約7万5,000円)

米穀指数・先物取引(毎月の投資予算60万円を証拠金に充て、レバレッジをかけて買い建て):米四十俵相当 ※残余(五十六俵相当)は住居費・光熱費等の一般生活維持費および普通預金


「……米、米、米粉、米粉、甘酒、米農家……!」

家康は呆気に取られながらも、帳簿の数字を追った。

「主食が米なのは人それぞれじゃから口は出さん。米粉パンや菓子も、小麦を避けてアレルギー対策や腸内環境を整える健康投資と考えれば理解できんこともない。……さらに、ふるさと納税じゃと!?」


家康の目がカッと見開かれた。

「あの本能寺の狂人どもの中に、住民税の控除と返礼品による家計防衛

――すなわち『節税』という概念を理解している者がおったとは!

農業機械や種苗会社の株式投資も、実質的なインカムゲインと優待米を狙う分散投資として悪くない!

これまでの浪費狂どもに比べれば、なんと理知的で堅実な男か……!」

家康が感動のあまり打ち震えた、その直後だった。


元忠がカルテの最下部、赤インクで几帳面に二重下線が引かれた項目を指さした。

「……社長。感動してるところ申し訳ないんですが、この一番最後の行、見てください」

「ん……? 【米穀指数・先物取引】……? 毎月60万円もの投資予算を証拠金に充ててレバレッジをかけておるじゃと!?」


家康の表情が一変した。

「先物取引じゃとッ!?

あの光秀殿を地獄の底へ突き落とした、恐怖のレバレッジ取引ではないか!

しかも……現在、含み益が二百万円ほど出ておるようじゃが

……これはダメじゃ! 今すぐ止めに行かねばならんッ!!」


第2場:本能寺の事務室と「米の城郭」


翌日の午後。

喫茶厨房本能寺の奥にある、静まり返った事務室。

家康と元忠が扉を開けると、そこには信長の狂気とは全く異なる、整然とした秩序の空間が広がっていた。

スチールラックには寸分の狂いもなくファイリングされた元帳が並び、事務机の中央では、丹羽長秀が几帳面に眼鏡の位置を正しながら電卓を叩いている。

机の脇には、見事な俵積みにされた魚沼産コシヒカリのミニチュアが鎮座していた。


「……これは徳川様、元忠様。本能寺の決算報告でしたら、今月の米換算収穫高は前年比百十二パーセントと極めて順調ですが」

「丹羽殿、会社の帳簿の話ではありません」

家康は懐から、長秀の個人家計カルテを取り出して机に置いた。

「信長殿から委託された家計指導の一環として参りました。

……貴方のこの家計簿、前半部分は感服いたしましたぞ。

米粉や甘酒で腸内環境を整える支出は健康寿命の観点から合理的であり、ふるさと納税による節税や、米関連企業の現物株投資も手堅い資本配分じゃ」


「お褒めに預かり光栄です。米は生命の根源であり、国家の礎。米に投じた銭は、一粒たりとも無駄にはいたしません」

長秀は静かに眼鏡の奥の目を細めた。


「しかしじゃッ!」

家康はカルテの最下段を人差し指でバンと叩いた。

「この【米穀指数・先物取引】!

毎月60万円もの投資予算を証拠金に充て、レバレッジをかけて指数を買い建てておるのは一体どういうことですかな!

いくら現状で利益が出ているとはいえ、先物など相場の急変ひとつで大きな損失を被る危険な市場!

堅実な貴方が、なぜこのようなハイリスク取引に手を出しておるのですッ!!」


長秀は微動だにせず、静かに電卓の脇へペンを置いた。

「……私は、米価が下がるたびに全国の農家が困窮し、田畑を手放していく姿を長年見てまいりました。

何とかせねばと考え抜いた末に、この取引へ行き着いたのです」

「何とかする、とは?」


長秀は姿勢を正し、澄み切った瞳で家康を真っ直ぐに見据えた。

「【日本の米農家を支援するため】にございます」


「……は?」

元忠が素っ頓狂な声を上げた。

家康も目を丸くする。


長秀は身を乗り出し、切々と自らの信念を語り始めた。

「私が買い支えれば、米穀指数の価格は上がる。

先物の価格が上がれば、いずれ全国の農家の米も高く買われるはず……!

私はそう信じて、買い建てを続けてまいりました。

幸いにして相場は上昇し、私の口座にも利益がもたらされております。

米農家も潤い、私の米購入原資も増える……これぞ完璧なる善循環ではありませんかッ!!」


長秀の言葉に、元忠は「ええっ……? なんかスケールが大きすぎて一瞬正論に聞こえますけど……」と首を傾げた。

だが、家康の表情は一瞬で氷のように冷え切った。


「……浅い。丹羽殿、貴方ほどの切れ者が、これほどまでに市場の蜃気楼を信じ込んでおるとはッ!!」

「何と……!? 私の米支援が浅いと仰るかッ!」



第3場:家康の算盤――「先物の虚像と手段の乖離」


「浅いどころか、完全なる見当違いの独り善がりじゃッ!!」

バシィィィンッ!

家康は算盤を机に叩きつけ、玉を猛烈な勢いで弾き始めた。


「よくお聞きなさい、丹羽殿!

先物市場とは、価格変動リスクを移転するための取引所であり、投機筋の損益は基本的に取引相手と相殺される仕組み!

貴方が先物を買ったからといって、その証拠金が秋田や新潟の農家の懐へ直接届くわけではないのじゃッ!!」

「な、何だと……!?」

長秀がたじろぐ。


「先物価格が現物価格の指標になることはあっても、農家が実際に受け取る出荷価格へそのまま反映されるわけではない!

流通コストや集荷業者の条件、地域ごとの需給も絡む!

まして、貴方ひとりの買い建てで市場全体を支えられると思うなど、市場に対する傲慢であり思い上がりじゃッ!!」

家康は身を乗り出し、長秀の鼻先に算盤を突きつけた。


「百歩譲って貴方の買いで米価が跳ね上がったとしよう。

ならば、米を大量に仕入れて客に提供している本能寺の仕入れコストはどうなる!?

貴方は農家を助ける名目で、自分が勤める店の首を絞めておるのじゃ!

しかも、相場が急落すれば差し入れた証拠金を失うだけでは済まぬ!

追加証拠金を求められ、貴方の個人資産を次々と食い潰す危険があるのじゃッ!

あの平蜘蛛の前で毎日胃薬を噛み砕いている光秀殿の二の舞になりたいのかッ!!」


「お、追証……ッ!?」

光秀の名を出された瞬間、長秀の眉がピクリと跳ねた。


「然り! 農家を本当に支援したいのであれば、農家と直接契約を結んで正当な対価で買い取るか、生産現場への直接的な支援をすべきじゃ!

なぜ、農家へ支援が届く保証もない投機市場で、己の生活防衛資金をリスクに晒す必要があるのじゃッ!!」


家康の指摘が、長秀の頭上に雷のように落ちた。


「ぐ……ぬぬぬぬっ……! 私の投じた資金が……農家のトラクターの燃料代にも肥料代にもなっておらぬばかりか、本能寺の仕入れコストを脅かしていた……だと……ッ!?」

長秀は愛用の電卓を力なく握り直した。

「私は……先物のチャートを眺めながら、米の国の守護神になった気でいただけだったというのか……ッ!」


「その通りじゃ!

幸いにして、今は相場が味方して利益が出ておる!

利益が出ている今のうちに即座に全ポジションを決済し、先物市場から完全撤退なさい!

毎月60万円を年率5%で30年間積み立てたと仮定すれば、元本だけで2億1,600万円!

税や手数料を除いた机上計算でも、将来は【約4億9,900万円】の巨額資産になるのですよッ!!」


「よ……四億九千九百万……!?」

長秀の手から、電卓が滑り落ちそうになった。


「先物で得た一過性のあぶく銭など、いつか相場に飲み込まれて消える蜃気楼!

確実に入金力を高め、世界経済の成長という真の『収穫高』を長期で刈り取ることこそ、兵站の長たる丹羽長秀の進むべき道ではありませんかッ!!」


長秀は深く息を吐き、静かに居住まいを正した。

「……完敗にございます、徳川様。

先物の買い建ては、明日の取引開始時にすべて決済いたしましょう。そして、毎月投じていた60万円の予算は――」


そこへ、ドガァァァンッッ!! と事務室の扉が蹴破られた。


第4場:信長の乱入と「米の行方」


「長秀! 貴様が契約農家から取り寄せた新米の試食用サンプルで、至高の試作が完成したぞッ!!」

コートを翻し、湯気立つ『特注耐熱鉄板焼き・厚切り角煮の米粉トーストサンド』を片手に乱入してきたのは、オーナー・織田信長であった。

厨房で試作として焼き上げた出来立ての新メニューを、そのまま事務室へ持ち込んできたのだ。


「の、信長様……!?」

長秀が立ち上がる。

信長は部屋の重苦しい空気と、机の上に広げられた先物取引の画面を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。


「なんの湿気たツラをしておるのだ。家康、貴様またうちのスタッフを説教しておったな」

「信長殿! ちょうど良いところへ!

丹羽殿は米農家を支援したいという尊い志を持ちながら、何を血迷ったか先物指数に手を出しておったのです!

わしが説得し、先物を手仕舞いさせてオルカンへ積立投資を――」


「阿呆か貴様らはッ!!」

信長の一喝が、事務室の書類をビリビリと震わせた。

「な……何ですと信長殿!」

家康が反論しかけたが、信長はその声を一喝で押し流し、持参した米粉トーストサンドを長秀の目の前に突きつけた。


「先物で米価を支えるだの、オルカンで資産を増やすだの!

それは貴様らの懐の話であろうが!

長秀、貴様は農家を支援したいのではなかったのかッ!!」

「は……ハッ!

されど徳川殿の仰る通り、先物では農家に直接銭が届かず、私一人の買い支えなど市場全体から見れば微々たるものと痛感いたしまして……」


「届かせればよいではないかッ!!」

信長はサンドイッチを掲げて咆哮した。

「金があるなら、現物を買え!

農家が困っておるなら、市場価格が暴落しようが関係なく、収穫前から『一定価格で全量買い取る契約』を結べば済む話だ!

買い取った米を俺が極上の角煮サンドにし、長秀、貴様が考案した和食モーニングの米粉メニューで客に食わせる!

客が美味いと叫んで金を落とし、店が儲かり、また農家から米を大量に買い付ける!

これぞ俺たちのやるべき現場の経済循環であろうがッ!!」


信長の言葉に、長秀の胸の内で何かが弾けた。


「長秀! 貴様のその米への異常な執念は、画面のチャートを眺めるためにあるのではない!

日本全国の美味い米を掘り起こし、農家と本能寺を直結させるための情熱であろうがッ!

まずは本能寺で使う米の量を洗い出せ!

年間五百俵を目標に、提携農家各戸と直接契約を結べ!

現地調査費と契約に必要な前払い金は、すべて会社で持つッ!!」


「の……信長様……ッ!!」

長秀の瞳に、計算機のような冷徹さを超えた、熱い感動の炎が宿った。

「私、目が覚めましてございますッ!!

ペーパーマネーで農家を支えた気になり、己の足で田畑を踏むことを忘れておりました!

徳川殿の助言に従い明日の取引開始時に決済するつもりでしたが、明日を待つ必要すらありませぬ!

信長様、今すぐ手仕舞い決済にございます!

まずは本能寺の年間使用量を精査し、五百俵を目標に、品質と価格を見極めた直接買い付けの兵站線を敷いてまいりますッ!!」


「ガハハハ! よし、行け長秀! 新しい米の仕入れルートを開拓し、至高の米を厨房へ届けてみせろ!」

「ハハッ! 直ちに契約農家との直接買い付け交渉に入りますッ!!」


長秀は鞄をひっつかみ、風のように部屋を飛び出して行った。

取り残された家康は、算盤を抱えたまま、開いた口が塞がらなかった。


(……ダメだ。この店の人種は、全員が『リスクを避けて資産を増やす』ことよりも、『現実のモノと人間を巻き込んで爆走する』ことに命を燃やしている……!)


第5場:薄暗き部屋の勝者と「現物の黄金」


3週間後。

三河開発の社長室。

本日も蛍光灯を半分消した薄暗い部屋で、30代の青年社長・家康は60万円の人間工学チェアに深々と腰掛け、ノートPCの画面を見つめていた。

目の疲れを防ぐため、PC用ブルーライトカット眼鏡を装着している。 元忠が、温かい番茶を差し出す。


「社長、本能寺の長秀さんから報告書が届いてますよ」

画面には、完璧な複式簿記と美麗なグラフで構成された報告書が表示されていた。


『徳川様、信長様。お二方の助言を賜り、個人の資産配分および店舗の仕入れ体制を再構築いたしました。

先物市場からは即座に完全撤退し、確定利益二百十二万円を確保。

以後は毎月の個人投資予算60万円のうち、30万円を【若手稲作農家支援ファンドへの毎月寄付】に増額充当。

そして残る【月30万円】につきましては、徳川様の教えに従い、全世界株式(オルカン)への自動積立設定を完了いたしました。

なお、本能寺の事業といたしましては、会社資金により契約時の前払い金を支払い、収穫時に残額を精算する形で、提携農家各戸と【年間合計五百俵を目標とする全量買い取り契約】を締結。

直接買い付けた特A米による新メニューは連日完売となり、本能寺の粗利益は米十五俵相当分増加しております』


家康はPC画面の数字を確認し、フッと満足げに口元を歪めた。

「……ふん。口では信長殿の現物主義に靡いたように見せて、結局は先物の利益を確定させ、個人の予算から月30万円ものオルカン積立を始めたではないか。さすがは計算高い男よ」

「まあ、長秀さんにとっては『先物のリスクを捨て、半分は支援ファンドへの寄付、残り半分はオルカンで資産防衛。

そして店舗の仕入れは会社の予算で正規にルートを開拓する』というのが、信長社長の現場論と徳川社長の資産形成論を両立させた最も美しい着地点だったんでしょうね」

元忠が苦笑いしながら、手元の集計表に目を落とす。


「で、信長社長からのコンサル料100万円はとっくにオルカンで運用中ですが、本日の社長個人の節約実績は何円です?」


家康は手元の電卓をパチパチと叩いた。

「本日の実績は、昼食の納豆巻きを20円引きで購入して20円!

事務所の加湿器を止め、濡れタオルを吊るしたことによる電気代削減が1日あたり4円!

そして、昨日のこんにゃくの残り汁を捨てずに大根の煮物に使い回したことによる調味料代浮きが8円!

合計【32円】じゃ!」

「こんにゃくの煮汁の使い回し、事務所中が異様な匂いになってますけどね……」


家康は意に介さず、PCの家計簿アプリに数字を打ち込んだ。

「細かいことを言うな!

毎日の小さな積み重ねこそが複利の源泉!

この32円を毎日積み立てれば、月々960円! これを年率5%で30年間運用できたと仮定すれば、税・手数料を除く机上計算で、将来の積立資産は約80万円に達するのじゃ!」

「はいはい、80万円、80万円」


元忠の聞き流すような相槌を背に、家康は満足げに目を細め、机の上の青汁をゴクリと飲み干した。

その時、暗闇の中から元忠のボソリとした声が響いた。


「……社長。

煮汁の匂いが充満する薄暗い部屋で、32円のために一人電卓叩いてる姿、若き経営者としての威厳と社会的信用はいくら減価償却されてるんですか?」


ピクリ、と家康の電卓を叩く指が止まった。

「……社会的信用の失墜による精神的ストレスは、コルチゾールの分泌を促し、血管の老化を通じて健康寿命の損失に直結するということか」

「いや、普通に窓を開けて換気して明かりをつけてください」


カチカチカチカチッ――バチィィィィィンッッ!!

次の瞬間、社長室中のすべての蛍光灯が一斉に点灯し、昼間のような爆光が部屋を満たした!


「健康寿命と血管年齢は最優先じゃああああッ!!

暗闇による精神的ストレスを排除するのじゃあああッ!!」

家康はそのまま電卓を引き寄せ、凄まじい勢いでキーを叩き始めた。


「よし、これで血管の老化リスクは排除された!

さあ元忠、今から先ほどの全点灯によって発生する秒単位の電気代を、どこの消耗品費から削り落とすかの緊急対策会議を始めるぞッ!!」

「電気代を惜しむ基準、どう考えてもおかしいですし、窓を開けて換気扇止めてくださいよォォォッ!!」


元忠の絶叫が木霊する中、若き実業家・家康は特注チェアの上で背筋をピシッと伸ばし、輝く光の下で誇らしげに電卓を叩き続けるのであった。



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