それぞれの思惑(2)
判断を委ねられた主人公とそれぞれの指導者の考えが入り混じり旧武田領に混沌が訪れます。
ー 6月18日早朝
北条軍約3万が上野に侵攻を開始した。対する滝川は1万5千ほどを集め迎撃の形をとった。初戦は滝川一益の用兵術もあり侵攻を退けた。しかし...
「えぇい。真田はまだ来ぬのか!」
「と、殿落ち着かれませ。今日は勝ったのですから良いでは無いですか。」
一益は焦っていた。北条に初戦で勝ったといえどもまだ氏政氏直親子の本隊が向かってきていなかったからだった。
それに加え
「国人衆が戦はいつまでだと不満を漏らしております。」
旧武田領の掌握がまだ済んでおらず、国人衆をまとめることにも苦労し戦闘での指揮系統にも混乱が起きていた。
「北条を退ければ戦は終わる。そう伝えよ。」
一益は恐れていた。旧武田領の甲斐では河尻秀隆が国人一揆を受け苦戦を強いられているという一報を受けており、いつ自分がその立場になるかという不安が襲っていたのである。
「早く来るのだ。旧武田の中でも有力者であった真田が協力するとなれば国人衆を押し付けて我らだけでも退けるというのに。」
ー6月18日昼 真田家岩櫃城
「父上、我ら3千いつでも動けます。」
兄が報告をすると父は
「まぁ焦るな源三郎。急いで行っても戦に巻き込まれるだけよ。仮に滝川が敗れたのならばそのまま城を頂くに限るし、勝ったとしても消耗し追撃などで我らは大功を挙げられるぞ。」
義理を重視する兄からすれば父のこの一言は信じられないものだっただろう。この後の進軍中にもずっと何かを考えているようだった。
すると早馬が駆けてくる。
「申し上げます。神流川にて北条、滝川が接敵。滝川方の勝利でございます。」
「して、双方の動きは。」
「滝川方も追撃はせず、北条も陣を下げたのみのようです。」
「なるほど、よく知らせてくれた。まだわからんな。」
父が一度進軍の足を止め考えを巡らせる。その時別の方向からも早馬が飛んできた。
「申し上げます。甲斐の国人衆が甲斐国主河尻秀隆を襲ったとのこと。」
「な、何だと。甲斐までも荒れるとは。」
一気に真田の所領を広げる好機と言わんばかりに父は言った。
「甲斐の国人衆に文を出すぞ。我ら旧武田家臣での寄り合いで亡き御館様の権勢を取り戻すと。」
「かしこまりました。すぐに取り掛かりましょう。」
父の弟、俺の叔父になる信尹が動く。
「信尹を沼田からこちらに呼び戻していて正解だったわ。」
そうしてゆっくりと進軍しながら父は獰猛な笑みを隠そうとしなかった。
そして夕刻に沼田城に着き、真田軍としての動きを改めて確認した。
戦場に向かおうとした翌日
その最中に見たのは明らかに滝川方の敗残兵。それを見て父は引き返そうとする。
「お、お待ちを。真田殿であられるか。」
馬の後ろに家紋を背負った武士が尋ねてくる。
「いかにも、助太刀に参ったがこれでは手の施しようがない。こちらに混乱が及ぶ前に帰らせてもらう。」
「な、そんな馬鹿な...真田殿の救援がなければ我が方は壊滅してしまいまする。何卒。」
必死の懇願だった。それでも父は
「我らまで危険に晒されるいわれはない。」
冷たいと言われるかもだが確かに潰れかけの会社をわざわざ助ける人間は居ない。なんて考えていると
おぉーーー
撤退をしていた滝川方からの咆哮と共に追撃を進めていた北条方の手が緩みはじめ全力の撤退が始まった。
その撤退の先頭には滝川一益その人が居た。
「真田殿、貴殿が参られるまで戦場を保たせることができなんだ。それにこの撤退戦に巻き込むことになる。すまない。」
父は一瞬迷惑そうにしたがすぐに
「此方こそ遅れてしまい申し訳ない。急ぎ撤退いたしましょう。時が惜しい。」
なし崩し的に戦闘に参加することになってしまった。
(源次郎、変わってくれ。)
『任せろ。』
その後の戦は凄まじかった。
追ってくる相手に対し伏兵を仕掛け蹴散らすこともあれば、負傷し敵に追いつかれた兵士がみすみすとやられてしまうこともあった。
真田親子や一益などの諸将は先頭を走っていたが一益は何度か最後尾に行き指揮を執っていた。
源次郎は何度か槍を振るいにいこうとして頼康などから止められていたが...
その時父はこう漏らしていた。
「左近将監殿の軍才はとてつもないな。敵に回すのは得策では無い」
真田の加勢もあり、滝川本隊7千のうち3千が残り、名胡桃城に入った。
そして父と一益の二人だけの会談が執り行われたという。
ー名胡桃城内 滝川一益 真田昌幸
「此度は互いに悪手を踏みましたな。」
昌幸が笑いながら言う。
「もう貴殿に隠し事はできぬな。私が真田に北条を押し付けようとしたように真田も北条を此方に押し付けようとしていたとは。」
一益も笑いながら答える。
互いの笑みは戦に負けた、思惑通りにいかなかったという自嘲を含んだ笑いだった。
「して、真田殿これからは腹を割って話したい。」
「貴殿らの元の上野の所領全て貴殿に明け渡そう。その後所領を北条に差し出し講和するならそうすれば良い。」
「条件は?」
昌幸の短い問い
「我らが伊勢に安全に戻る手助けをしていただきたい。」
「それだけで良いのですか。」
「構いませぬ。先程早馬が私のもとに来ました。甲斐を治めていた河尻殿が亡くなられたのです。旧武田の者たちによって。我らは簒奪者でした。上様のお力があったからこそ治められていたに過ぎないのです。」
昌幸の書状が届く前に旧武田家臣団は河尻秀隆を討っておりその後の動きは決めかねていた。
「そういうことでしたらこの真田安房守今度こそ全力でご支援させていただきます。」
互いを利用しようとしていた二人が初めて協力の道を見つけたのであった。
ー 北条陣 北条氏政、氏直
「氏直、この先どうする。」
「このまま攻め続け上野全域を我ら北条の手に。」
「違う。汁かけ飯は食べる分だけかけるのだ。全域は広すぎる。」
「ならばどうするので?」
「上野の国人衆を此方に引き込むのだ。」
ー徳川家康 駿府城
「申し上げます。旧武田家臣団により、甲斐国主河尻秀隆討たれましてございます。」
その報せを聞いた家康は
「武田か。恐ろしい者たちじゃ。あれを引き込めればのぉ。」
拙い文章かも知れませんが読んでいただきありがとうございます。何かありましたら感想などお待ちしています。作品制作の励みになります!




