あくまでも潜入の準備
やあ、ぼく、レミーマルタン!
リンデンのみんなはレミーって呼ぶよ!
一応領主補佐とか領内調整とかしてるけど、主な役割はたぶん領主ゼロの使いっ走り!
今からミズナラのところに、ゼロからの書類を届けに行くところだよ!
ミズナラの部屋の扉をトントンと叩き、返答は待たずに開けた。
「ミズナラいるー? 入るよー?」
最初に目に入ったのは、とてもキレイなお姉さん。
ゆるやかにウェーブのかかった、ふわふわのアッシュブロンドの髪。
背はぼくと変わらないくらい高いけど、スタイルいい!
服も可愛い。
薄いレースのシャツ、その上に体の線が出るドレス。
ウルズス風の、シンプルな直線の刺繍が縁に入ったもの。
スカートには太ももの辺りまで深いスリットが入っていて、下のレースのタイツが覗いている。
……誰?
「あ、失礼しましたー」
部屋の中に入りそうになったのを思い止まり、パタン、と扉を閉める。
え? ここミズナラの部屋だよね?
今の誰?
というか、一瞬サラも見えたよね?
「いいよ、入って」
あ、ミズナラの声だ。
え、じゃあ、ミズナラの彼女?
悩みながら再度部屋に入ると、やっぱりお姉さんとサラしかいない。
「あれ? ミズナラ?」
「ゼロからの書類持ってきたんだろ。受け取るから」
その声は、お姉さんから出ていた。
「ええええええーーーーー?!?!?」
ぼくの声は本部中に響き渡ったと思う。
「静かにして、さすがにあまり人には見られたくない」
平静を装いつつも恥ずかしそうに目を伏せて、口元に人差し指を立てる。
いやもうそれ女性の仕草じゃん。
どこでそんなの覚えてきたんだお兄さん。
サラがミズナラの頬に何やら筆みたいなものでパッパッと粉を叩いている。
「ミズナラさん動かないでください。ズレます」
「あっ、ごめん」
「口薄く開けてください。……そうです。これで大体終わりです」
……すごく可愛い。
肌も白いし、化粧したらそんじょそこらにはいない別嬪お姉さんじゃん。
どういうことなの?
「結局あっちに潜入してみないと情報ないって話になったじゃないか。ゼロが一応入りやすいルートの伝手を持ってるらしいんだけど、女性じゃないとダメらしいので、……結局なぜか僕が」
「マリーじゃダメなの?」
「ゼロが一緒に行くから、マリーは代理で残ってもらわないと領地運営に支障が出るだろ」
そっか、領主と幹部長が両方いないのはまずいもんね。
じゃあぼくが、って思ったけど、ぼくおしゃべりだし、すぐバレちゃうな。
「あと、ゼロも女装で行く」
「えっ」
ゼロが……女装……?
「そこの伝手に行くときはいつもそうしてるかららしい」
「いつも……」
いつも……?
「……僕も詳しくは知らないから」
うん、まあそうだよね、わかってる。
サラは使った道具を片付け、ウィッグを切り揃えたときに落ちた髪の掃除を始めた。
ミズナラは立ち上がってボレロを羽織り、首元にはスカーフを巻く。
鏡を見ながらウィッグを軽く整えて、小さく「よし」と頷く。
手慣れ過ぎてない? おかしくない?
「……以前必要で練習したことがあったんだよ」
見通したように言い訳してきた。
「ついでに執務室まで付き合ってくれ。見慣れない人間が単独行動すると警戒される」
「う、うん、いいけど」
幸い、幹部執務室までの道では誰にも会わず、執務室に入ると、今度はロングストレートのたおやかな美女。
あ、これはわかる、ゼロだ。
元々中性的な面立ちをしているので、髪型以外はそれほど手を入れていないのだろう。
いつもとは違う淡い色の紗の小袖に、マルク風の金糸と銀糸の縁刺繍が入ってる。
同じく紗の華やかな色のスカーフを首にふわりと巻き、端は襟元に入れ込んでいた。
「来たか」
さすがにその声じゃバレるんじゃないの、と思っていたら、ゼロが小さな飴がいくつか入った瓶をミズナラに渡した。
「一回一個、一回で八時間程度保つ。切れ目に気を付けること」
ミズナラがまじまじと薬瓶を見た後、意を決して一つを口に放り込む。
「喉がイガイガする感じがしてきたら、喉の調子が悪いとか言って追加を舐め始めるとちょうどいい。私はいつもそうしている」
いつも、ね、いつもなのね、それ。
「んん、あー、あー」
えっ、すごい、かわいい女の子の声だ!
「ちゃんと変わっただろ。これで声の問題は解決」
ミズナラはまだちょっと不思議そうに声を出したり、喉に手を当てたりしている。
「私はいつも偽名で『レイ』を使ってるからそれで、ミズナラは……ミモザでいいか」
「ミモザ……」
女の人の声で、その後も何回か新しい名前を呼び返してた。
なんか、ミズナラがどんどん女の子になっていく、不思議。
ゼロがミズナラの喉元を軽く突いた。
「首元に注意しろ。バレるならまずそこだ」
言われてみれば、ゼロも首元をしっかり隠している。
ただのオシャレじゃないんだ……。
ゼロも自分の瓶から飴を一つ取り出して、口に放り込んだ。
「……ん、これでいいな」
……女の人の声になった。
口調はいつものゼロなんだよね。
すごい、よくわからなくなってくる。
ゼロを見ながらそんな複雑な気持ちでいると、マリーが入ってきた。
「ミズナラー、狩猟隊の補充の件なんだけどさー。あ、すごーい! ゼロもミズナラもすごくかわいー!」
……えっ、なんで一発でわかるのこの人。
「その件は戻ってからで大丈夫かな。それよりマリー、ちゃんと聞いてほしいんだけど」
ミズナラが少し屈んでマリーに目線を合わせた。
「私とゼロが出るからまた留守を任せることになるけど、本当に無理はしないで。……無謀もしないで。本部を守っていてね。いやほんと頼むよ。ちゃんと戻るから」
女性の声でマリーに懇々と言い聞かせる様子はなんか心配性の姉っぽい。
そんな思いでニヤニヤしながら見ていたら、いつのまにか横にゼロが来ていた。
「レミー、ちょっといいか」
キレイな女の人に隣でそんなことを言われるとちょっとドキドキするけど、きっといつものご用件だね。
ぼくは領主ゼロの使いっ走りだからね!




