明るく元気なミモザちゃん
「なるほど、こういうことなんだ」
「そうだ。こういうことだ」
たぶん今、僕はとても渋い顔と、作り笑顔の間の顔をしていると思う。
休憩しておいでと言われ、厨房の片隅に行くと、座れはするという程度の椅子が並んでいた。
座って水を飲んでいると後からゼロがやってきたので、ぽろりとこぼれたのがその会話だ。
食器を洗う音、鍋やフライパンの音なども混ざって、内緒話をするには適度に騒がしい。
「大体素性の知れない余所者がほいほい入れる場所なんて、そうそうあるわけないじゃないか」
「……男所帯の本部には稀にあると聞いていたけど、初めて見たな……」
未体験のことが多すぎて、ちょっと混乱している。
潜入した先はアイラ領の本部だった。
それだけでも驚きなんだけど。
いわゆる、男性が若い女性とお酒を飲みながらお話する場所を、領本部の中に作ってしまえ、である。
こういう場所では、体に沿う薄いレースの服の上に、隙間の多い服を重ねるのが定番らしい。
さらにレースのボレロやショールを羽織ったりもするようだ。
そうして透けて見える女性の肌を楽しむのだと。
ゼロに指定された服もその類だった。
「マリーには無理だろう?」
「無理だし、絶対ダメ。でもだからってなんで僕なのさ。レミーでも良かったんじゃ?」
「レミーには他の仕事を頼んだ」
「だよね、そんな気がしてた」
つまりは消去法ってことだ。
サラもいるけど、サラはもっとダメ。
マリーみたいに戦えるわけじゃないし。
「それにしたって、よりによってゼ……レイちゃんと私って組み合わせはどうなの」
「これでも私、『たまに来てくれる不思議系美少女レイちゃん』で人気なんだぞ」
「……いろんな好みの人がいるもんだね」
「お前も『明るく元気なミモザちゃん』あたりで頑張ってこい」
「……ご指示とあらば?」
げんなりしながらも必要なことなら、と判断している、つもりだ。
「もう少ししたら先に引き上げる。レミーに迎えの準備をさせているから、一緒に戻るといい」
「わかった、僕の方はもう少し粘ってみるよ」
「戻ったらマリーを念の為交代で送るから、無理はしない程度で引き上げて来い。情報はないならないでもなんとかなるからな」
折しも、外から『私』を呼ぶ声がした。
「ほら元気に行ってこいよ、『ミモザちゃん』」
「その口調、お外でしないように気をつけてくださいね、『レイちゃん』」
呼ばれた席につき、挨拶をしてにっこり笑う。
「ミモザでーす。よろしくお願いしまーす」
「お、かわいいねえ。初めて?」
男はすでにそれなりに飲んでいるらしく、顔が赤い。
酒杯を片手に、顔を覗き込んできた。
「そうなんですー。友達と一緒に来たんですけどー」
嫌味にならないように顔を避けながら、なるべく可愛らしい口調を心がける。
自分のものでない声で、自分の言葉ではないような言葉が出る違和感。
目の前の男は終始ニヤニヤしている。
……なるほど、鼻の下を伸ばされるってこんな感じなんだな、と今まで持ったことのない感想を抱く。
適当に相槌を打っているだけなのに、男はなんだか嬉しそうだ。
一応話の流れを聞き逃さないようにしながら、不自然にならない程度に周囲の様子を探った。
他のテーブルでも男たちが酒を飲み、横に一人か二人の女性がついて会話していた。
何かの自慢をしている声、愚痴を言っている声、驚嘆する声、笑い声などが織り混ざっている。
時折、杯同士の当たる音や酒の瓶がテーブルに置かれる音が響いていた。
ゼロはすでに他の席についていて、貼り付けた笑顔なのかと思えばいつも通りの真顔だ。
なるほど不思議ちゃんキャラを通しているらしい。
「ミモザちゃーん、よそ見しないでよー」
「はぁーい、ごめんなさーい。一緒に来た子がどこ行っちゃったのかなーって気になってたんですー」
「ああ、レイちゃんと一緒に来たんだっけ? レイちゃんも面白い子だよねー。ずーっと静かに聞いてるだけ。でもなんでも聞いてくれるから嬉しくなっちゃうんだよねえ」
……ゼロはだいぶ上手いことやっているようだ。
ゼロとは別に、気になる対象があった。
部屋の端に、一人だけこの空気から浮いた男が立っている。
壁際に静かに立っているだけなのに、妙に隙がない。
興じに来た客ではないようだ。
「あれー? ミモザちゃん、隊長みたいのが好み?」
少しあからさまだったようだ。
いっそ利用して話を振る。
「お客さんなのに席についてないのかな? って。そうねーちょっと好みかも?」
「隊長は俺たちを見張りに来てるだけっすからね。サゼラックたいちょー! ミモザちゃんがお話したいってー!」
直接興味を向けられることは避けたかったが、幸い、鼻を鳴らして視線を逸らされた。
「あらー振られちゃったわぁ。隊長さんなら強いのかしら?」
「サゼラック隊長はすっげー強いねー。絶対敵わないもん。厳しいけどやりやすいよ。連れがさ、ポマース隊長のとこなんだけどさ」
「あら、その隊長さんもお強いの?」
「いやまあ、なんていうか、ほら、あそこのくだ巻いてるのがポマース隊長」
客がこっそりと指差した方を見ると、酔っ払って大声で女性に絡んでいる男が見える。
「あそこの隊は野盗まがいのこともやったらしいよ。内緒だけどさ。幹部と仲良いとかで好き勝手してるらしいよ」
「そうなんだー。でも幹部さんと仲良いってどんなことがいいの?」
「口利きしてもらって山岳路じゃなくて外街道寄りの仕事回してもらったりしてたらしいよ。こないだもリンデン寄りのとこ行ってたとかさ」
「リンデンの方にも行ってるんだねー」
「そうそう。俺は鍛えたいから山岳路でいいんだけどさ。俺サゼラック隊長のとこで本当に良かったわー」
「……へぇ、そうなんだー」
なんだろう、この苦行。
いや、情報はすごく、入るんだけどさ。
ゼロに言われた時から嫌な予感がしていたけれど、実際にやってみると、引き受けたことは少し……そこそこ……いや結構後悔している。
とは言え、他に適任がいなかったのも理解はできる。
ただ、もう二度とやらないと心に決めた。




