強者
深夜、男たちは千鳥足であったり、同僚に抱えられたりしながら帰っていった。
最後の気力を振り絞って、極力爽やかな笑顔で手を振り続ける。
ようやく全員の姿が見えなくなったところで、すっと真顔に戻った。
……疲れた、ほんとに。
まだ全部が終わったわけではないけれど、大きな息を吐いた。
今日やっていたことはあまり思い出したくないが、成果だけを振り返った。
苦労した甲斐あって入手できた情報はいくつかある。
まず彼らはアイラ領民ではなく、外からの雇われであるということ。
最近になって依頼が増え、アイラ領によく出入りしていること。
ポマースという隊長の率いる山岳護衛隊が野盗まがいの行為に及んでいたこと。
……その隊は先日リンデン寄りの街道にも行っていたこと。
男たちから聞き出した情報が正しければ、幹部執務室の右手の書類棚に山岳護衛隊の指示内容の書類があるらしい。
階段へ向かうと、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
雪明りが静かに窓から差し込んでいる。
足音を忍ばせ、影を出さないように三階まで上がった。
廊下にも人影はない。
執務室の扉をそっと開け、隙間に滑り込んだ。
聞いていた通り、右手に書類棚が並んでいる。
雪明りのおかげで手元は暗いわりに見やすい。
棚に収められた書類を少し引き出してさっと目を通していく。
ほどなく、目的の書類が見つかった。
急いで目を走らせる。
日付。
隊名。
内容。
……やはりポマース隊長がリンデン方面で行動している日とリンデン隊商の襲撃日が一致している。
指示を出しているのは——
「女、そこで何をしている」
背後からの声に背筋が凍った。
気を抜いていたのは確かだ。
しかしそれ以上に相手が早かった。
違和感、判断、初動まで、一瞬。
声の主の姿を認識したときには、もう距離を詰められていた。
反応しようとしたときにはすでに、差し込まれた前腕が胸元にあった。
打撃ではない。
重心をずらされ、一気に押し込まれる。
重い。
受け身を取るので精一杯だ。
床に体を滑らせ、すぐに体勢を戻そうとするが次の一撃が視界に入った。
厚刃の短剣の横薙ぎにぎりぎりで身を沈める。
そのまま低い体勢から手で支えて足を払った。
掠りもしない。
わずかに引かれた足も追えない。
短剣が瞬時に返り、そのまま柄が振り下ろされた。
上腿に隠していたスティレットを抜く。
そのまま受ければ細身のスティレットは折れる。
斜めから当て、軌道だけを外に逃した。
「……っ!」
逸らしただけなのに重く、衝撃で腕が痺れる。
反動で一歩下がり、腕を押さえた。
先ほどの広間にいた男だ。
立っているだけで妙な圧のある男だった。
サゼラックと言ったか。
僕も戦えないわけではない。
この男が強すぎる。
もっと距離を取らないとまずい。
牽制しながら一歩、さらに半歩。
踵に硬いものが触れた。
壁だ。
もしや『下がらされていた』?
まさか、最初から?
考える間もなく、再び前腕が胸元に入る。
背後は壁、今度は逃す場所がない。
背中から壁に叩きつけられ、肺から息が抜ける。
「はっ……!」
むせ込む。
伸びてきた片手が喉元に食い込み、壁に押し付けた。
さらに咳き込む。
壁を蹴って体勢を崩そうと足を上げた。
その瞬間、体が大きく振られ、空を蹴った。
体ごと持ち上げられている。
首に巻き付いた指を外そうとするが、びくともしない。
「やはり女ではないな。言え、何をしていた」
息ができない。
答える余裕なんてあるわけがない。
苦しい。
しがみ付く指にも力が入らなくなっていく。
額に脂汗が浮かぶ。
非常にまずい。
それはわかっている。
少しずつ目の前が霞む。
……打つ手がない。
視界が塗りつぶされる直前に、音を聞いた気がした。
——突然、体が落ちた。
肩から床にぶつかる。
息苦しさから解放され、咳き込みながら息を吸う。
床に見覚えのある苦無が突き立っている。
顔を上げると、サゼラックの手の甲にも一本。
「ミズナラ!」
声の主の方に顔を向けようとしたところで、体がふわりと浮く。
やっぱり。
マリーだ。
そのまま勢いよく走り出した。
どこへ向かっているのかはわからない。
「ちょっ……マリー! これは……」
「舌噛むよ! 黙って!」
これはいわゆるお姫様抱っこというやつでは。
そう言いかけたのだが、問答無用で制止された。
硬い足音が聞こえる。
サゼラックだ。
このままではマリーまで危ない。
「マリー、いいから置いて走って。マリーまで捕まる」
「黙ってって言ったでしょ!」
そう言ったときには、窓枠に足をかけていた。
僕の認識が正しければ、ここ、三階のはず。
えっ、という驚愕は声にならなかった。
マリーは一切の迷いなく窓枠を蹴り、僕を抱えたまま宙に飛び出した。




