領主の帰還
「リンデンの領主ゼロ、ご帰還!」
衛士のよく通る声とともに、重厚な領本部の扉がゆっくりと開かれる。
天衡域内とは言え、外はマイナス十度だ。
冷たい空気が急に流れ込み、温められた空気を追い出していく。
ホールにはマリーの指示で、その時本部にいた者が全員集められていた。
皆、開かれた扉に向かって拝礼している。
扉の向こうに厚い外套をまとったままの人物が立っていた。
肩や袖にはまだ雪が残っている。
フードは外しており、長い黒髪は後ろでゆるく一つに括られたままだ。
硬い雪靴のカツン、カツンという音が数歩、石の床に響く。
彼の背後で静かに扉は閉まり、しんとした空気が場を覆った。
一度足を止めてホールを見渡し、何も言わずにゆっくりと歩を進めた。
再びカツン、カツンと音が続き、幹部長であるマリーの前に立つ。
「無事のご帰還、何よりです。幹部長ブラッディマリーより、領旗をお返しします」
「うむ」
マリーが領旗を恭しく捧げ持ち、ゼロはそれを受け取った。
受け取った領旗をしばし見つめ、それからマリーに真っ直ぐ視線を移した。
「……で、何これ?」
ゼロの反応に全員がいっせいに爆笑する。
「だから言ったじゃん、ゼロならそのまま乗ってくれるって!」
レミーが笑いすぎた涙を拭いてマリーの背中を叩く。
「違うよ、乗ったというよりこれがゼロの素だよ! いつも通りじゃん! ミズナラも言ってたじゃん!」
マリーも涙を流しながら笑い続けている。
ゼロはしばらく爆笑する二人を眺め、視線を移さないまま、手にしていた領旗を傍らのミズナラに手渡した。
「……ミズナラ、説明してくれ」
唐突に領旗を渡されたミズナラは、マリーほどではないが丁寧に受け取った。
「今回は長めの不在だったので、みんなで何か驚かせようと。あと、何か忘れてないですか?」
「そうだよ! もう一週間も過ぎちゃったよ! 大変だったのはわかるけど、みんな待ってたよ!」
マリーが割って入る。
「そうか、一周年か」
領本部を建築し、領主、幹部などの役職を置いて組織を作った。
また、区画ごとに住民を代表する代官も指名した。
そうしてリンデンを領として整え、宗主府に申請して承認されてから一年。
あれから人も増え、賑やかになった。
ようやく話が通ったところで、ミズナラは手にしていた領旗をサラに差し出した。
「あ、これ、戻しておいてもらっていいです?」
サラは頷くと、受け取った旗を手早く畳んだ。
「そうそう! リンデン一周年だよ! さあさあ、みんな準備進めよう! 予定通りの持ち場について!」
マリーが号令を出すと、それぞれ祝いの準備に動き始める。
騒がしく準備を始める面々を眺め、ゼロはわずかに表情を緩めた。
「ミズナラ、不在中の報告を聞きたい。執務室に来てくれるか? マリーは準備で忙しそうだからな」
「大丈夫、あたいも行く!」
「マリーさん、これどっち使うんでしたっけ?」
「え? あ、えっとどっちだっけ、見る! ……ごめん、後で行く!」
結局、マリーは準備の方に連れ去られていった。




