残業とワインと……?
ココアのトレーを片付けて本部に用意された自室に戻り、ベッド脇のソファに座ってタイを緩めた。
もたれかかるまではせず、深く腰掛けて軽く息を吐く。
なるべく普段から隙を見せないように、自室であってもあまり気を抜いていると外でも出てしまう。
それでも。
「良かったー……」
改めて大きく息をつき、両手で顔を覆った。
今くらいはいいよな、と思い、しばしそのままでいる。
朝から被害にあった隊商の聞き取りと街道の検分に出ていた。
特に南側の街道はひどい。
しばらくはあまり人は通せないし、復旧にも時間がかかりそうだ。
資材の見積もりと人の手配を始めようとしたところ、レミーからの手紙が届いた。
端的に「マリー困ってるから早く!」と書かれていた。
マリーは判断も早いし、人も動かせる。
ただ、会議とか書類とか、そういうのは昔から丸っ切り苦手だ。
リンデンに来て幹部長になってすぐの頃、慣れない仕事まで全部抱え込んで数日寝込んだこともある。
僕は得意だからいつでも呼べって言ってるんだけど、僕が忙しいのを察すると呼んでくれない。
ただ、確かに今日みたいに外出していると難しい、どうしようか、と思ったところ、レミーの手紙を持ってきた文官が、あの、と声をかけた。
そういえば鳥じゃなくて人に持たせたんだ、珍しい。
「レミーさんから、ミズナラさんの仕事を代わってミズナラさんを本部に帰らせるようにと言われております」
何度か同じ仕事をしたことのある、よく気がついてくれる文官だ。
……さすがすぎる。
僕が検分を投げ出して戻ることはないだろうという先読み付きだ。
手紙を運んでくれた文官に引き継ぎをし、本部に戻る準備をしているところで、まさに襲撃が発生した。
急いで取り押さえてそれも引き継ぎ、できるだけの速さで戻った。
今日の会議では襲撃の件までは伝えなかったが、明日にでも報告する必要があるだろう。
今では貴重になってしまったハーブティを薄めに淹れ、香りを楽しむ。
部屋の奥にある小さめの仕事机に目をやる。
このあと明日の分の報告書の準備をすれば今日は休めるかなと考えていると、扉がコツコツと叩かれる音がした。
「まだ起きてる? 寝ちゃった?」
レミーの声だ。
遅くなったので明日にしようと思っていたが、礼を言えるなら今でもいいかもしれない。
タイは緩めたまま居住まいを正して扉を開けると、ワイングラス二つと、今ではあまり作られなくなったワインのボトルを持ったレミーが立っていた。
「今日はお疲れさま。大変だったでしょ。それに安心したかと思って」
そういうことならと、部屋に招き入れた。
早速レミーはグラスに半分ほどワインを注ぎ、片方を僕に渡した。
「今日はほんと、おつかれさま。会議もなんとかなったし」
レミーが口上し、かろん、と小気味の良い音でグラスを合わせる。
口に含むと思ったよりは軽い味が広がった。
グラスを手にしたまま、ソファに座り直す。
「今日は助かった。文官まで手配してくれてるとは思わなくて」
「そうでもしないとミズナラも帰ってこないでしょ。知ってる知ってる」
バレてる、と苦笑する。
「ただ、戻る前にまた襲撃があった。そちらは明日報告書を上げる予定だ」
「ええーまたあったの。物騒だなあ」
「そちらも取り押さえて、後を任せてきた。あそこで言うとまたざわつくだろうから言わなかったが」
「じゃあほんとにおつかれさまだ。ゆっくり休まないと」
そうだな、と力を抜いてふっ、と笑いを漏らす。
レミーも少し気を抜いたように柔らかく笑う。
しかし、すぐに困ったように眉根に軽く皺を寄せて、隣に座ってきた。
「あのね、ぼくはね、心配してるんだよ?」
「え?」
「心配するのはミズナラだけの仕事じゃないんだよ? ぼくだって心配だよ? マリーのことも。……ミズナラのことも」
長いまつ毛の眼差しが妙に近くに寄る。
落としそうになったグラスをひょいとレミーの指が受け止めてローテーブルに置き、その長い指が頬に触れる。
「現場から休みなしで走ってきたでしょ。どんだけ無理したの? その上、襲撃もその場で片付けたって? さらに会議まとめて、そこから自分の仕事して、マリーに差し入れ行ってたよね? そりゃ心配もするよ?」
スラスラと並べたてられて、返す言葉もない。
目端の利く彼は、相変わらず本当によく見ている。
頬から髪を撫でる手をやんわりと払おうとしたが腕が持ち上がらない。
実際かなり疲れてはいるのだが、疲れているにしてもおかしい。
ソファにもたれかかってしまった身体を起こそうとしたが、レミーが覆い被さるように寄ってきていて起こせない。
一度身体を沈めて逃れようとしたが、緩めたままのタイを軽く引かれ、逃げられなくなった。
そこまで酒に弱いわけではないはずなのに、目が回る。
意識を少しでも立て直そうと深く呼吸するが、レミーはそれで何かに気づいたようだった。
「頃合いみたいだね」
「……何を」
「だって、こんなに無理してるのに全然休んでくれないしさ? 仕方なくない?」
考えがまとまらない。
散り散りになる思考をかき集め、ようやく何か薬を盛られた可能性に思い至る。
手足だけでなく全身に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになるところをレミーの腕が受け止め、身体ごと支えられた。
すぐ脇のベッドに運ばれ、ゆっくりと下ろされて横たえられる。
無理にでも身体を起こそうとするが、馬乗りになって肩を押さえられ、ますます動けない。
「この後仕事しようとしてたでしょ。そこに書類出てたしね。今日はもう休むべきだと思うんだけど?」
「なんで……こんなことを……」
「そりゃあ、もう」
抵抗できないままに衣類を緩められていく。
タイが解かれて、襟元が緩む。
しゅるり、と耳元を滑る音がして、そのままタイが抜かれたのがわかった。
瞼がひどく重い。
抵抗するが、目を開けているのがとてもつらい。
必死に意識を手放さないようにしているものの、長く続けられる気もしなかった。
頬にレミーの温かな手のひらが触れて、温もりに余計に意識が引きずられる。
手のひらはそのままするりと首元に移り、熱を確かめると優しく首筋を撫でられた。
首の線をなぞった手のひらはそのまま胸元に下り、襟元をさらに広めにはだける。
「これ、以上は……」
「……なぜ?」
本当にわからない、というようにレミーが首を傾げる。
答えようとしても声がかすれて上手く出ない。
そんな間にレミーの手が腰に触れ、チュニックの裾を軽くたくし上げられる。
金属の当たる音で、ベルトが外されたのがわかった。
続いてズボンの留め具が外れ、締め付けがまた一つ減ったことがわかる。
抗議するようにレミーの腕を掴むが、腕にも指にも力が入らない。
止めるつもりで伸ばした手は、縋るようにレミーの腕に弱々しく絡む。
その様子を見て困ったように、暖かな手が髪に触れ、ゆっくりと頭を撫でつける。
手のひらがゆっくりと目元を覆う。
視界が閉ざされ、触れている手の熱だけが妙なくらい強く感じられていた。
だめだ、目を閉じてはいけない。
そう思うのに、レミーの手の温かさが、辛うじて耐えていた意識を暗闇と暖かさの中に落としていった。
「……良い夢を」
最後にそんな声が聞こえた。




