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冬の国の物語  作者: 茅ノ森ちまき
第一部第一章 大体いつものこと
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残業とココアとお説教

 やっと一人になり、椅子にもたれかかって深く息を吐く。

 領主不在の今、領主代行を任されてるあたいがこの領主執務室で仕事をしている。

 だって領主承認とか重要な書類とか全部ここに来るんだもん。

 普段使ってる幹部執務室より、ここにあるものは机も椅子もだいぶ立派だ。

 本人は要らないって言ったけど、ミズナラが必要だからって準備したやつだ。

 窓の外はもうだいぶ暗く、雪の積もった屋根の間から灯りがぽつぽつと見える。

 あの後も残務処理だー申請だーちょっとしたトラブルだーと細々とした用事で人が出入りしていて、全く落ち着く暇がなかった。

 サラはもう遅いからと先に下がってもらった。

 本当に疲れる一日だった。

 と、扉がまたトントン、と叩かれる。

 一瞬、まだ仕事があるのかと思ったが、その静かな叩き方は予想通りならミズナラだ。

「……どうぞ」

 許可を伝えると、やはり入ってきたのは彼だった。

 手には湯気の立つカップと、数枚のビスケットを乗せたトレーを持って。

「おつかれ、マリー。あの後も忙しそうだったなと思って」

「ほんとにね、ありがと」

 ミズナラは執務机の端にトレーを置き、カップを手渡してくれた。

 カップには自分好みのビターなココア、ほんとよくわかってる。

 ミズナラとの付き合いはだいぶ長い。

 ここ、リンデンに来るよりずっと前からだ。

 というか、リンデンに幹部として呼ばれたのはミズナラの方で、あたいは付いてきただけだったんだよね。

 なのに、なぜかあたいが幹部長になってた。

 今でも書類とか会議の仕事ならミズナラの方がはるかに上手。

 ココアを啜りながら書類の残りを眺めていると、書類をすっと取り上げられた。

「今日はもう働きすぎでしょ? やめておきなよ」

 書類を取り返そうとすると無理に取り上げようとせず、見やすい方向に戻して渡してくれる。

「もうあとこれ一枚だから。そしたらもう誰が仕事持ってきても休むわ」

「本当に? 働きすぎだよ?」

「うん、ほらもう見終わった」

 書類を机に置き、処理済みの判を押して書類トレーに重ねる。

 今日の仕事はこれでおしまい! とばかりに机の上の書類や筆記具を全て引き出しにしまい込み、席を立つ。

「じゃあもう自由時間だね?」

「そうね」

 ……少し、嫌な予感がする。

 嫌な予感とはちょっと違うのかもしれないけど、なんというか、ミズナラの優しさなのもわかってはいるのだけれど。

「なんでもっと早く呼んでくれなかったの? レミーに言われて本当に急いで来たんだよ? 自分でもああいうの苦手なのはわかってるくせに」

 さっきまでの優しい表情が消えて、ほんの少しだけ眉根に皺が寄っている。

 あ、まずい、結構怒ってる。

 一歩、下がる。

 と、ミズナラも一歩寄る。

 知ってる、本当に心配してくれていたのを。

 知ってはいるんだけど。

 さっき座って伸びをしていた椅子を避けて、もう一歩、下がる。

 ……詰めて来る。

「いや、でもあたいの仕事だし。大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ。そんなところで無理をするくらいなら呼んでって、前も言ったのに」

 背中にひやりとしたものが触れて、半分振り返る。

 じわじわと石壁に追い詰められていたことに気づいた。

 逃げ場もなく、僅かに顔を逸らして逃げようとする意思を見せるが、顎を優しく掴まれて目を合わせるように向かされる。

 この、少しくすんだキレイな水色の目にあたいは前から弱い。

 目だけを頑張って逸らそうとしたが逃げられず、諦めて正面から彼を見た。

 見るだけで、何を言っても言い訳になりそうなので、何も言えなかったが。

 それを理解してか、彼も顎から手を離し、大きなため息をついて正面から抱きしめてきた。

「本当に心配してるんだよ? 前それで抱え込んで、へばって寝込んだの覚えてる? 苦手なところは呼んでって、それでいいって、何度言ったらわかってくれるの」

「あれはリンデン来てすぐだったから……。もうそんなんで倒れるタマじゃないのもわかってるでしょ?」

「わかっていても心配なんだよ。もう、このお転婆お姫様は」

「お姫様なんてガラじゃないよ」

 クスクスと笑いながらハグを返すと、ミズナラも諦めたように苦笑した。

「でも心配してくれてありがと。本当にヤバいときは頼る気満々だから。安心して」

「本当に安心していいのかな、それ」

「レミーにもありがとうって言っておいて。助かったのは本当だから。でも頑張りたい気持ちもあるから」

「懲りないお姫様でもあるみたいだな」

 軽くあっかんべーを返して体を離すと、自然に彼も離れた。

 ミズナラはトレーに飲み終わったカップを戻し、手慣れた手つきで机全体をさっと拭いた。

「では今日は本当におつかれさま。ゆっくり休んでね」

「そうするわ。ありがとう」

 扉で大きな音を立てないように気をつけて、トレーを持ったミズナラが出ていくと、再び大きなため息をついた。

「今日は本当に疲れる日だったわね」

 独り言を呟いて、自室に戻る準備を始めた。


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