リンデンのお土産
マンモスを狩った次の日、アマレットが僕のところに来た。
「ミズナラにーさま、ごめんなさい。わたしミズナラにーさまの言ってることがちゃんとわかっていなかったの。心配かけてごめんなさい」
いつになく真剣な顔で、まっすぐ僕を見ている。
「謝らなくていいんだ。僕も言い方が悪かったし。それに、アマレットが元気でいてくれることが一番だから」
「……ありがとう、ミズナラにーさま」
少し居心地悪そうにしてたアマレットの頭を撫でると、安心したように明るく笑った。
それからしばらく、マリーは毎日のようにアマレットを狩りに連れ出していた。
よく動いて、よく食べて、よく寝るようになり、僕も安心して見ていられるようになった。
「アマレット! 今日も行くよねー?」
「はい! マリーねーさま!」
今日も元気の良い返事が聞こえる。
ゼロは最近、マリーに任せきりだった会議に、自分で出るようになった。
おかげでマリーが毎日アマレットに付き合っていられるわけで、本当に良かった。
その分趣味を兼ねた天衡の調整ができていないようで、未練がましく会議中にも天衡計器を持ちこんで手遊びしているようだけど。
今終わった会議でも、受け答えも判断も何も問題はないんだけど、手は一時も天衡計器から離れていなかった。
「マリーを空けてくれて、助かったよ。僕は不安になるばかりで何もできなかった」
「まあ、俺が後見だしな。先々のことを考えても、いろんなものを見て、考えて、あといろいろ失敗しておいてくれた方がいい」
「失敗……そういうものなのか」
「そういうものらしいぞ。養父によれば」
ゼロが何かいろいろ思い出すように複雑そうな顔で遠い目をしていた。
……何があったかは、今は聞かない方がいいかな。
それからまた数日、モルト領からキールが迎えに来た。
「キール! 聞いてください! マリーねーさまとマンモス狩ったんです!」
「こらこら、モルトに住んでるキールにマンモス狩ったの自慢しても仕方ないでしょ」
「マリーねーさまと狩ったのが自慢なんです!」
そう言うと、また走ってマリーとどこかへ行ってしまった。
キールがしばし驚いたように走り去ったアマレットの背中を見つめ、それから安心したように息をついた。
「正直、リンデンに連れてきたときは縋るような思いだったよ。……ミズナラならわかると思うんだけど」
痛いくらいわかる。
僕はそれでちょっと失敗もしてしまったし。
「うん。僕も正直最初すごく怖かった。マリーのおかげかな」
「ミズナラもいろいろ頑張ってくれたんだろ?」
「……僕は大して」
「そんなことないでしょ。たくさん心配して、いろんなもの見せてあげたんだから」
いつの間にか戻ってきたマリーが話に入ってきた。
「あたいじゃ難しいことを、ミズナラはちゃんとやってたよ。キールだってモルトでずっとアマレット見てくれてたんでしょ。だからリンデンに連れてこれたんだろうし」
「……お転婆マリーに言われるとは思わなかったな。いつのまにか成長して」
「そんなこと言うと老けて見えるよ、キール」
キールが笑いながらマリーを叩くフリをすると、マリーがあっかんべーしながら逃げていく。
出発の時間が近づき、ゼロやレミー、サラも見送りにやってきた。
「キール、伝えておくことがある」
マリーと戯れていたキールを、ゼロが呼び止める。
「確かに俺はちょっと結論を急ぎすぎるところはあると思うけどな。だが……」
一息入れてから続けた。
「薄朱の最後に一番大事な用件を書くのはやめろ。わかりにくい」
僕もアマレットが来る前に、その手紙を見せてもらった。
キールの書いた薄朱の紙には、時候の挨拶から始まり、延々とモルトの近況が綴られていた。
そして、その最後に。
『アマレットが働きすぎるんです。シェリーのようにならないか、心配です』
……前置きが長いにもほどがある。
「いやほら、ご挨拶とか前提とか必要でしょ? 大事でしょ? 人と人の付き合いだからね?」
「薄朱には要らん。用件を書け用件を」
「あっはい。気をつけます……」
同い年のはずなのに、なぜかゼロの方が強い。
ほどなく、マリーがアマレットを連れて戻ってきた。
「アマレット、これこないだのマンモスの牙で作ったやつ! 間に合って良かった!」
マリーが細工職人に頼んでいたらしい髪留めをアマレットの髪につける。
「素敵です! マリーねーさま、ありがとう!」
嬉しそうに髪留めに触れて礼を言った。
それから改めてゼロと僕の方に向き直り、リンデンに来た時と同じように正式な礼をする。
「ゼロにーさま、ミズナラにーさま、お世話になりました。マリーねーさまとレミーにーさま、サラねーさまも。また来てお勉強させてくださいね」
次期領主らしく、丁寧な口上で綺麗にお辞儀する。
が、その直後、走って僕の腕の中に飛び込んできた。
「ミズナラにーさま、本当にありがとう。リンデン、とても楽しかったの。モルトも楽しくするから、ミズナラにーさまもたまには帰ってきてね!」
一瞬驚いたが、すぐに大事な姪をしっかり抱きしめる。
「うん、モルトにも行くから」
「そうだな、そろそろ、な」
事情を知っているキールが、静かに言葉を添えた。
モルトを離れてから、一度も帰っていない。
モルトに残してきたものは、いろいろ重すぎるから。
確かに、そろそろ帰っても大丈夫かもしれない。
その時には姉の碑にも久しぶりに顔を見せよう。
帰りの雪上船から手を振り続けるアマレットを、僕も手を振りながら見送った。




