重なるもの
今日もアマレットは分厚いメモを持ったまま走り回っていた。
僕の注意は聞いてるのかどうなのか……少なくとも響いてはいなさそうだ。
「まあ、頑張りたい気持ちはわかっちゃうよね。こんなにみんな応援してくれてるしさ。でも、ミズナラの心配もわかっちゃうからなあ」
いつの間にか隣に来ていたレミーが難しい顔をしながらアマレットを見ていた。
ゼロのお使いらしい、工房主に依頼していた素焼きの器を大切そうに抱えている。
先日は様子がおかしいところがあったが、すっかり元気になったようだった。
アマレットはと言えば、見学に来た工房で外の光を受けてキラキラと輝く陶器を見て大はしゃぎだ。
しかも、焼いているところを見られるというのでそのまま焼成炉へ走っていった。
いろいろなものに興味を持って知りたいと思うことは決して悪いことじゃない、むしろ好ましいことだ。
ただ……。
「ミズナラが気にしてるのは、アマレットがあんまり寝てないこと?」
「……そうだな。たぶんそうなんだけど……」
自分の伝えたいことが上手くまとまらなくて、言葉を濁す。
焼成炉を覗いてきたアマレットが走ってこちらに戻ってくる。
「アマレット、ミズナラがあんまり寝てないんじゃないのって心配してるよー!」
アマレットは唐突なレミーの言葉に少し驚き、それから言い訳するようにモゴモゴと口ごもる。
「リンデンはいつでも来られるわけではないし、いる間にできることはしたくて……。ダメですか?」
「気持ちはわかるが、効率はあまり良くないね」
歩いてきたゼロがまた追い討ちをかけた。
お使いが遅いので直接取りにきたようだ。
レミーは悪びれる様子もなく笑って、器をゼロに渡す。
「昼間に眠くなるようでは、その時に聞いたことを忘れがちになるし、集中もしづらくなる。夜に灯りをつければその分も油が必要になる。あまりいい方法ではないな」
「そっか、そうですね……」
そう答えていたので、少し安心していた。
しかし、アマレットの寝る時間は心持ち早くなったかも程度であまり変わることはなく、毎日遅くまで灯りが点っていた。
心配していたことが起こったのは、その日から数日後だった。
馬のゆっくり歩くぽくぽくとしたペースは、ちゃんと睡眠が足りていても眠くなる。
しばらく雪も降っておらず、天衡域内は穏やかな暖かさ。
今日はリンデンの中心部から離れた辺りまで、アマレットを連れて馬で来ていた。
領外へ続く街道を進むと、右手の方に木々が連なっている。
モルトの大森林に比べれば小さなものだが、リンデンにとっては貴重な森林資源だ。
「あれがその一つだけど、リンデンにもちょっとした森林地帯がいくつかあるよ。モルトと同じように僕が計画を立ててる」
「モルトは今でもミズナラにーさまが決めてくれてるんですね」
「森林管理はちょっと複雑だからね。キールもある程度はやってくれるけど、全体はまだ僕がやった方がいいかな」
「難しいのかぁ……」
もちろん、アマレットもマーテル家だからいずれは覚えてもらう必要があるけど。
今はそこまで焦る必要もない。
「なかなかね。現地はマリーが作ったリンデンの狩猟隊があるから、それで見てもらってる。さすがにモルトみたいにはいかないけど、頑張ってくれてるよ」
「狩猟隊……」
森林全体の計画は、長年やってきて慣れているマーテル家が立てる。
立てた計画に基づいて現地の幹部や、実際に森林に行くことの多い狩猟隊が管理する。
モルトではその流れになっている。
アマレットの言葉が少なくなっているのに気付いたが、難しい話だからいろいろ考えているのかもしれない。
「それで、あの向こう側に見えるのが……」
自分の前に乗っていたアマレットの体が、大きくぐらりと傾いた。
「アマレット!」
馬から落ちかけて、慌てて小さな体を支えた。
「あ、あれ……ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたかな……」
目をごしごしと擦りながら言い訳している。
支えた腕に思わず力がこもり、アマレットが不安そうに見返してくる。
もう、止めなければいけない。
でも、どう伝えればわかってもらえるのか。
答えを見つけられないまま、本部に戻った。
それでも、馬から降りたあと、アマレットの目線に合わせて膝をつき、まっすぐに目を見ながら伝えた。
「アマレット、さすがに良くない。ちゃんと寝て。このままじゃ怪我するどころか倒れてしまう」
「ミズナラにーさま、前にも言ったけれど、わたし頑張りたいの。にーさまならわかってくれると思ったのに」
「頑張りたいのはわかる。わかっているよ。でも、僕は……」
言葉に詰まる。
言うべきではないと、わかっている。
頭では違うと、わかっている。
「シェリー姉さんのようになってほしくない……」
アマレットの今の姿を、姉の最期に重ねているのだと。
「にーさま……」
声が震えるのを抑えられない。
こんな風に言いたいわけじゃないのに、他に言葉が浮かばなかった。
視察から戻ってきたのに気づいたのか、背後にレミーの気配があった。
いつもなら遠慮なく何か言ってくる彼が、今日は黙っている。
こんな姿を見せることなんて、滅多にないからだろう。
アマレットも俯いたまま、何も言わない。
こんな顔をさせたいわけじゃない。
ただ、元気で笑っていてほしいと。
ただ、楽しく生きていてほしいと。
それだけなのに。
でも、何を言えばいいのか。
……何を言っても届かない気がして。
誰も何も言い出せないまま、気まずい時間が流れた。
「……とりあえず」
と、言いかけたところで本部の正面の方から、どーん、と大きな足音がした。
心当たりに思い至って、張り詰めていた気持ちが一気に霧散する。
小さなため息を一つついて小走りで音の方に向かった。
アマレットもついてきた。
「マリー、ここはモルトじゃないんだから、サーベルタイガーを本部に連れてきたらダメだって言ったろ」
サーベルタイガーの背に乗って手を振るマリーの姿。
「だって最近ゼロの代わりに会議ばっかりで疲れちゃったんだもーん。たまには狩りに行きたくて!」
「マリーねーさま!」
「やっほーアマレット! 狩り行こー!」
「行きます!」
「ダメです」
「いーじゃん! ぶーぶー!」
アマレットの代わりにマリーが抗議する。
お前が子供か。
「アマレットは寝不足だからちゃんと今夜寝たら。そうしたら明日行ってきなさい」
「はーい」
「……はい」
マリーの不満そうな間延びした返事と、アマレットの『仕方ないなあ』という返事が両方聞こえた。




