小さな来訪者
雪上船が速度を落としながら近づいてきた。
ソリの上に小さな船室を備えた船体から、白い蒸気が立ち上っている。
側面にはモルトの大森林を模した領章。
ゼロが待つリンデンの本部の前まで来ると、きゅっと止まった。
船室から少女がそっと顔を出し、まず外の様子をうかがう。
ゼロの姿を見つけると安心したように笑い、船室から出てきた。
下船用のはしごを降ろそうと四苦八苦していると、船の外からゼロが少女に手を伸ばした。
「あ、あの、ゼロにーさま? わたし、自分で歩けますよ?」
「下は足場が悪い。それにこの方が早い」
「……ではお言葉に甘えて」
ちょっと背伸びした言葉遣いの幼い声。
モルトでは珍しくない狐色の髪を編み込んでまとめている。
ゼロは自分の腰より少し上ほどの背丈しかない少女を、右腕にひょいと乗せて雪上船から抱き上げた。
続いて、同じく狐色の髪の青年が下りて、ゼロに少女のものらしい荷物と、ついでにモルト土産を渡す。
「それではゼロ、アマレットを頼みますね。アマレット、ゼロの話を聞いて気を付けて」
「もう、キールは心配しすぎです!」
「あとご飯はちゃんと食べる。夜は寝る。弓の練習をする。あとは……」
アマレットと呼ばれた少女はすでにうんざりした顔で、キールのお小言が終わるのを待っている。
ゼロはキールとアマレットのやりとりを聞きながら、昨日届いたキールからの手紙を思い出していた。
『アマレットが、働きすぎるんです。』
近況と共に記されていた一言。
近況だけなら薄朱の紙を使う意味もない。
リンデンに来させる提案を書いてすぐに鳥を返すと、案の定その日のうちに『明日アマレットを連れて行きます』という連絡が来た。
アマレットをゼロに託すと、キールは手を振って雪上船で戻って行った。
ゼロが雪原を踏み締めて歩き、本部の前に立つ兵士に合図をすると、重厚な扉が開かれる。
中では先日のような整列待機はなく、何人かの領民が忙しそうに行き交っていた。
そこへ、ちょうど戻ってきたらしいレミーが続いて入ってきた。
「ゼロ、ただいま! あれ? その子? ……もしかしてゼロの隠し子?」
ゼロが腕からアマレットを下ろすと、少女は両手を胸に重ね、丁寧に頭を下げた。
多少拙いながらも、基本に則った綺麗な挨拶だ。
「アマレット・マーテル・モルトと申します。……えーと」
困ったようにゼロを見ている。
「レミー。リンデンの幹部の一人だ」
「レミーにーさま、ですね。よろしくお願いします!」
「な、な、な、何この子! かっわいー!」
「思考が漏れ出てるぞ、落ち着けレミー」
バタバタと騒いでいると、ミズナラが書類を持って通りかかった。
「お、ちょうど着いたのか、アマレット。レミーもおかえり」
「ミズナラにーさま! お久しぶりです!」
「見ないうちにだいぶ大きくなったんじゃないか?」
「もう十歳です! 子供扱いしないでください!」
十分に子供なのだが、アマレットは背伸びしたい年頃らしい。
「つい先ほどモルトから着いたところだ。少し前に俺が後見をすることに決まった。しばらく滞在する予定だから、レミーも手伝ってやってくれ」
レミーは相変わらずかわいい、かわいいと悶えている。
「後見ってことは……もしかして、継ぐことに決まった?」
ミズナラがわずかに表情を曇らせて呟く。
「ああ、本人の決意も固いし、幹部ももとよりそのつもりだ」
「継ぐって? 何を?」
「アマレットは僕の姉の子なんだ。……姉が領主だったので、領主を継ぐと」
ふんふんと聞いていたレミーの表情が、ふっと消えた。
その体が強張る。
様子を察したゼロがすぐに背後に回り、レミーの頭をすっと抱き寄せた。
広い袖でレミーの視界を遮り、耳元に小声で囁く。
「大丈夫だ、同じじゃない」
もう片方の腕をレミーの体に回すと、震える指が袖越しの腕を恐る恐る掴んだ。
レミーが大きく息を吐き出す。
「ミズナラ、アマレットを部屋に案内してやってくれ。マリーは?」
「ゼロの代わりに定例会に出ている。もうしばらくかかると思うが」
ミズナラがゼロの腕の中に目をやり、何も聞かずにアマレットを促して歩きだした。
二人がこの場を離れるのを見届けると、ゼロは一度、レミーを抱く腕に軽く力を込める。
レミーもゼロの腕を掴む手にわずかに力を込めて返す。
その反応を確かめて、ゼロはレミーの背を優しく押し、自室への移動を促した。




