第九話 残された席
その日の放課後。
教室には誰もいなかった。
ユウとリクは部活へ行った。
ミナだけが残っている。
静かな教室。
夕陽が差し込んでいる。
長く伸びた机の影。
その中で、
ミナは一人、
窓際の席を見ていた。
ずっと気になっていた。
前から。
気のせいだと思っていた。
だが。
もう無視できない。
教室の一番後ろ。
窓際。
そこに机がある。
椅子もある。
だが。
誰も座っていない。
ずっと。
最初から。
誰も。
なのに。
なぜだろう。
見るたびに、
誰かが座っていた気がする。
ミナは立ち上がった。
ゆっくり近づく。
机の表面を指でなぞる。
傷があった。
古い傷。
文字のようにも見える。
光の加減で、
その輪郭が浮かび上がる。
『K』
ミナは固まった。
K。
知らない。
そんな名前は知らない。
ユウではない。
リクでもない。
自分でもない。
それなのに。
胸が苦しくなる。
涙が出そうになる。
理由が分からない。
その時だった。
教室の扉が開いた。
ユウだった。
「あれ」
ミナを見る。
「まだいたのか」
ミナは答えない。
視線は机のまま。
ユウも近づいてくる。
そして。
机を見る。
一拍。
「変だな」
そう言った。
ミナは振り返る。
「何が」
ユウは少し困った顔をした。
「いや」
「何でもない」
そう言いながら、
もう一度机を見る。
「ここ」
一拍。
「誰かの席だった気がする」
世界が静まり返る。
まただ。
また始まった。
思い出してはいけないはずのことを、
ユウが感じ始めている。
ミナは机を見た。
そして。
初めて口にした。
「四人目」
ユウが顔を上げる。
「え?」
しまった。
言ってはいけなかった。
だが。
もう遅い。
ユウの瞳が揺れる。
「四人目?」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の奥で何かが弾けた。
青い光。
白い場所。
笑い声。
誰かがいる。
自分たちの隣に。
そして。
その誰かが言う。
『忘れてもいい』
声だけが聞こえる。
顔は見えない。
『でも約束だけは残る』
ユウは頭を押さえた。
激しい痛み。
記憶ではない。
もっと深い場所。
存在の底。
そこから何かが浮かび上がろうとしている。
「ユウ!」
ミナが駆け寄る。
その瞬間。
教室の窓ガラスが震えた。
ビリビリと。
見えない何かに共鳴するように。
そして。
誰もいないはずの席から、
声が聞こえた。
本当に小さな声。
風のような声。
『もう少し』
ミナは振り向く。
席は空だ。
誰もいない。
だが。
夕陽の中に、
一瞬だけ人影が見えた。
座っている。
笑っている。
三人を見ている。
その姿を認識した瞬間、
消えた。
残ったのは、
机の上の一行だけ。
今までなかった文字。
『迎えに来る』
ミナは震える指でその文字に触れた。
その瞬間。
遠く。
本当に遠く。
観測界よりも遠く。
世界の外側のような場所で、
誰かが目を開いた気がした。
そして。
その存在は、
静かに呟いた。
『そろそろだね』
まるで。
長い約束の時間が、
終わろうとしているかのように。




