第八話 四人目
翌朝。
ミナは誰よりも早く学校へ来た。
誰もいない教室。
静かな朝。
窓から差し込む光。
その中で、
昨夜のノートを開く。
『約束は三人でした』
そこに書かれている。
間違いなく自分の字。
だが。
読めば読むほど、
違和感が強くなる。
三人。
ユウ。
リク。
ミナ。
確かに三人。
だが。
その文章を読む度に、
胸の奥で何かが引っかかる。
まるで。
「違う」
と誰かが言っているような。
その時だった。
ノートの文字が揺れた。
ミナは目を見開く。
文字が。
少しだけ滲んだ。
そして。
一瞬だけ。
別の文章になる。
『約束は四人でした』
呼吸が止まる。
瞬き。
次の瞬間には戻っていた。
『約束は三人でした』
元の文章。
何事もなかったように。
ミナは立ち上がった。
椅子が倒れる。
心臓が激しく鳴っている。
見間違いではない。
確かに見た。
四人。
その時。
教室の扉が開いた。
ユウだった。
「早いな」
いつもの調子。
何も知らない顔。
だが。
ミナは思わず聞いていた。
「ユウ」
「ん?」
「夢の続きは見た?」
ユウは少し驚いた。
なぜ知っているんだ、
そんな顔。
だが。
答えた。
「見た」
ミナの背筋が伸びる。
「何を見たの」
ユウは少し考える。
そして。
「分からない」
そう言った。
「でも」
一拍。
「誰かがいた」
世界が静かになる。
「誰か?」
「顔が見えない」
ユウは眉をひそめる。
「三人じゃなかった」
ミナは何も言えなかった。
「四人いた気がする」
その瞬間。
教室の時計が止まった。
カチ。
という音と共に。
秒針が動かなくなる。
ユウも気づく。
「ん?」
そして。
窓の外。
校庭。
朝日に照らされたグラウンドの中央に、
一人の人影が立っていた。
制服姿。
男子生徒。
だが。
顔が見えない。
いや。
見えないのではない。
認識できない。
見ているのに、
覚えられない。
存在しているのに、
記憶に残らない。
その異様さに、
ミナは凍りつく。
知っている。
この現象を。
観測界にも記録がある。
ただし。
理論上のみ。
実例はない。
名称。
『観測不能存在』
観測できない。
記録できない。
確定できない。
つまり。
観測界の外にあるもの。
人影がゆっくりと顔を上げた。
その瞬間。
ユウが立ち上がる。
「待て!」
叫んでいた。
自分でも理由が分からない。
だが。
胸が痛い。
苦しい。
懐かしい。
そして。
どうしようもなく会いたい。
そんな感情が溢れてくる。
人影は笑った気がした。
本当に笑ったのかは分からない。
顔は見えない。
それでも。
確かにそう感じた。
そして。
その存在は、
口を動かした。
音は聞こえない。
だが。
ユウには分かった。
『もう少しだ』
そう言った。
次の瞬間。
姿が消える。
校庭から。
世界から。
まるで最初からいなかったように。
時計が動き出す。
教室の音が戻る。
生徒たちが登校してくる。
何も起きなかった朝。
だが。
ユウは窓の外を見続けていた。
胸の奥に、
初めて確かな感覚が残っていた。
失ったものがある。
忘れた誰かがいる。
そして。
その誰かは、
今も自分を見ている。
ミナは静かにノートを開く。
最後のページ。
昨夜と同じ場所。
そこに新しい文字が浮かんでいた。
自分の字ではない。
誰の字かも分からない。
ただ一行。
『約束を忘れたのは三人』
ミナの手が震える。
その続きを読む。
『忘れなかったのは一人』




