第六話 最初の夢
その夢は、
初めてだった。
ユウは走っていた。
どこかも分からない場所。
空がない。
地面もない。
だが確かに走っている。
前へ。
ひたすら前へ。
何かを追いかけている。
いや。
違う。
追いかけているのではない。
探している。
何かを。
とても大切な何かを。
その時。
声が聞こえた。
「遅い」
振り返る。
誰もいない。
だが。
確かに聞こえた。
「また遅い」
少し呆れた声。
でも。
どこか優しい。
懐かしい。
「誰だ」
ユウは言う。
返事はない。
代わりに、
目の前の空間が揺れた。
波紋。
世界そのものが水面になったような。
その揺れの向こうに、
人影が見えた。
三人。
一人は自分。
それが分かる。
なぜか分かる。
そして。
もう一人。
笑っている男。
そして。
少女。
どこかで見た顔。
その瞬間。
目が覚めた。
朝だった。
天井。
見慣れた部屋。
「夢か」
そう思った。
だが。
胸の奥に何かが残っていた。
寂しさ。
それに近い感覚。
失ったものがある。
そんな感覚。
「変な夢……」
呟く。
だが。
忘れられなかった。
学校。
昼休み。
リクがパンをかじっている。
いつもの風景。
なのに。
ユウは唐突に聞いた。
「なあ」
「ん?」
「俺たち」
一拍。
「昔会ったことあるか?」
リクは吹き出した。
「何だよ急に」
「いや」
ユウは頭を掻く。
「夢見た」
「夢?」
「三人いた」
その瞬間。
リクの手が止まった。
パンを持ったまま。
動かない。
「どうした」
「……いや」
リクは首を振る。
だが。
顔色が変わっていた。
「俺も見た」
沈黙。
ユウが固まる。
「は?」
「夢」
リクは言う。
「知らない場所」
「三人いた」
「俺と」
「お前と」
そこで言葉が止まる。
思い出せない。
顔が浮かばない。
だが。
確かにいた。
誰かが。
その時。
教室の入口にミナが現れた。
二人を見る。
そして。
心臓が止まりそうになった。
今の会話が聞こえた。
聞こえてしまった。
ありえない。
夢の同期。
それは観測界でも起きたことがない。
同じ夢。
同じ記憶。
同じ断片。
そんな現象は記録にない。
記録にない。
その言葉を思った瞬間。
ミナは気づいた。
まただ。
最近、
その言葉を考える回数が増えている。
記録にない。
観測界にない。
想定外。
未知。
まるで。
観測界の外にいるような感覚。
その時だった。
窓ガラスに映る空が揺れた。
ほんの一瞬。
誰も気づかない。
だがミナだけは見た。
空の向こう。
さらに向こう。
その先に。
巨大な眼のようなものが浮かんでいた。
見ている。
世界を。
観測界を。
自分たちを。
そして。
その眼は、
どこか哀しそうだった。
ミナの背筋が凍る。
あれは観測者ではない。
観測者なら知っている。
もっと違う。
もっと古い。
もっと根源的な何か。
すると突然。
頭の中に声が響いた。
『まだ気づくな』
昨日と同じ声。
だが今度は近い。
すぐ側から聞こえる。
『まだ早い』
誰だ。
ミナは思う。
だが。
返事はない。
代わりに最後の言葉だけが残った。
『約束を思い出すまでは』
約束。
その約束は、
まだ誰も思い出していない。
ユウも。
リクも。
そして。
ミナ自身ですら。




