第十八話 四人目の席
翌朝。
教室に入った瞬間、
ユウは足を止めた。
何かが違う。
いつもの教室。
いつもの朝。
いつもの風景。
なのに。
違う。
理由はすぐに分かった。
後ろの窓際。
空席。
誰も座らない席。
その机の上に、
花が置かれていた。
白い花。
名前は分からない。
誰が置いたのかも分からない。
だが。
見た瞬間、
胸が苦しくなった。
まるで。
誰かの誕生日を忘れていたような。
誰かとの約束を破ってしまったような。
そんな感覚。
「ユウ」
振り向く。
ミナだった。
彼女も気づいている。
花に。
そして。
その意味に。
「置いた?」
ユウが聞く。
ミナは首を振った。
「あなたは?」
「俺じゃない」
沈黙。
その時。
リクが入ってきた。
そして。
花を見る。
立ち止まる。
何も言わない。
だが。
顔色が変わる。
「知ってるのか」
ユウが聞く。
リクはゆっくり首を振る。
「知らない」
そして。
小さく続けた。
「でも」
「遅れた気がする」
その言葉で、
三人とも黙った。
遅れた。
何に。
誰に。
分からない。
だが。
その感覚だけは共有されていた。
昼休み。
三人は初めて一緒に屋上へ行った。
誰が誘ったわけでもない。
自然に。
気づけば集まっていた。
風が吹いている。
空は高い。
人間界の空。
観測界にはない空。
ユウはフェンスにもたれる。
そして。
突然言った。
「俺」
一拍。
「思い出したかもしれない」
ミナとリクが顔を上げる。
「何を」
ユウは困ったように笑う。
「分からない」
二人とも呆れる。
だが。
ユウ自身も本気だった。
分からない。
本当に。
ただ。
一つだけ確かなことがある。
「約束した」
風が止まる。
「誰かと」
静かな声。
「何かを」
その時だった。
屋上の扉が開いた。
三人が振り向く。
誰もいない。
風だけが吹いている。
だが。
足音が聞こえた。
一人分。
ゆっくり。
こちらへ近づく。
姿は見えない。
しかし。
確かにいる。
三人とも感じている。
誰かが。
そこに。
そして。
その存在は、
三人の輪の外側で立ち止まった。
まるで。
最初からそこが定位置だったように。
ユウの目に涙が浮かぶ。
理由は分からない。
だが。
分かってしまった。
ここだ。
四人目の席。
空席は教室だけじゃない。
ずっと。
ここにもあった。
三人の隣に。
一人分。
見えない場所が。
その時。
誰かの声が聞こえた。
懐かしい声。
優しい声。
『ありがとう』
三人とも動けなかった。
その言葉に、
説明できない温度があった。
感謝。
安堵。
そして。
少しの寂しさ。
『ここまで来てくれて』
声が続く。
ミナの頬を涙が伝う。
なぜ泣いているのか分からない。
だが。
心が知っている。
長い時間。
本当に長い時間。
待たせていたのだ。
その時。
空が揺れた。
ほんの一瞬。
青い光が見える。
観測界。
さらにその奥。
封印庫。
そして。
ミナは見た。
扉が半分ほど開いている。
漏れ出す光。
その向こうに、
誰かが立っている。
顔は見えない。
だが。
もう分かる。
Kだ。
Kは扉を開けようとしているのではなかった。
外へ出ようとしているのでもなかった。
ずっとそこから、
こちらを見守っていたのだ。
そして今。
初めて微笑んだ。
『もうすぐだ』
その声が響く。
約束の終わりではない。
約束の続きが始まる。
そんな声だった。




