第十七話 開かない扉
その夜。
ミナは夢を見なかった。
代わりに、
呼ばれた。
目を閉じた瞬間。
青い光。
観測界。
久しぶりだった。
だが。
どこか違う。
静かすぎる。
誰もいない。
観測者たちの気配もない。
記録の流れもない。
世界そのものが息を止めている。
そんな感覚。
ミナは歩く。
知っている道。
封印庫へ。
自然に足が向く。
もう分かっていた。
呼んだのは、
あの場所だ。
長い回廊。
青い壁。
無限に続くような通路。
そして。
封印庫。
そこに陽明がいた。
扉の前。
一人で。
振り返らない。
ただ立っている。
「陽明様」
ミナが呼ぶ。
返事はない。
ゆっくり近づく。
その時だった。
陽明が言った。
「お前は覚えているか」
静かな声。
だが。
どこか震えている。
「何をですか」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
「私が何故観測者になったのか」
ミナは言葉を失う。
初めてだった。
陽明がそんなことを言うのは。
観測界の長。
世界を決定する者。
完全に見えた存在。
そのはずだった。
だが。
今の陽明は違う。
迷っている。
何かを失っている。
そんな顔だった。
「覚えていません」
正直に答える。
陽明は頷いた。
「私もだ」
世界が静まる。
その言葉。
あまりにも重かった。
観測界の長が、
自分の始まりを覚えていない。
その時。
ミナは気づく。
これまで勘違いしていた。
忘れているのは三人ではない。
陽明も忘れている。
観測界そのものが忘れている。
だからKが必要だった。
だからKは消えた。
その可能性。
陽明は扉を見つめる。
そこには三本目の亀裂が走っていた。
光が漏れている。
暖かい光。
観測界の青とは違う。
もっと柔らかい。
夕陽のような。
人間界の光に近い。
「中には何があるのですか」
ミナは聞いた。
ずっと知りたかった。
封印庫。
最高機密。
K。
約束。
その全てが繋がっている場所。
陽明は少し笑った。
疲れた笑顔。
そして。
こう言った。
「分からない」
ミナは固まる。
「分からない?」
「そうだ」
陽明は頷く。
「私は開けていない」
「開けられない」
「開ける資格がない」
その言葉を聞いた瞬間。
ミナの背筋に寒気が走った。
観測界の長ですら開けられない。
なら誰が。
誰のための扉なのか。
その時。
内側から音がした。
コツ。
小さな音。
足音。
誰かが歩いている。
封印庫の中を。
ミナは息を止める。
いる。
誰かがいる。
ずっと。
中に。
その時。
声が聞こえた。
今までで一番はっきりと。
扉の向こうから。
優しい声。
懐かしい声。
『まだ開けないで』
ミナの目に涙が浮かぶ。
理由は分からない。
だが。
会いたかった。
ずっと。
何故か。
ずっと。
その声は続ける。
『もう少しだけ』
『あの子たちが』
一拍。
『自分で辿り着くまで』
その瞬間。
ミナは理解した。
Kは封印されているのではない。
待っている。
ずっと。
三人を。
いや。
四人を。
その頃。
人間界。
深夜。
ユウは目を覚ました。
理由もなく。
ただ。
胸が温かかった。
不思議な安心感。
そして。
誰かが側にいる気がした。
見えない。
思い出せない。
名前も分からない。
それでも。
確かに感じる。
「待ってるのか」
思わず呟く。
返事はない。
だが。
窓の外で風が吹いた。
優しく。
まるで頷くように。




