表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

織田家の家臣になる決意をする

永禄(えいろく)11年(1568年)、織田信長が室町幕府15代将軍、足利義昭を奉じて、上洛を果たした。

六角(ろっかく)義賢(よしかた)は三好三人衆と通じて信長の従軍要請を拒絶、織田軍と戦った。

しかし観音寺城の戦いで大敗を喫し、東山道沿いの観音寺城から南部の甲賀郡に本拠を移した。

この時に、蒲生賢秀は決意した。このまま六角の下についていても、先は無いと。

織田信長と手を組もう。おきりと、鶴千代も、これに賛同した。


六角義賢「何?蒲生が信長に寝返っただと!?」




それから程なくして、鶴千代は元服の時を迎えた。

鶴千代とは、この俺、天馬氏郷のことだ。


元服式の時を迎える。俺たちは、織田信長が新たな拠点にした、岐阜城に呼ばれた。


元服式には、蒲生家一同と、織田軍の重臣たちが集められた。

鶴千代は、そのど真ん中にいる。


鶴千代は周囲を見回した。父と母の姿を、チラッと見た。

真っ正面には、織田信長がいる。

織田家の重臣たちが並んでいる。


佐久間信盛がいる。柴田勝家がいる。

丹羽長秀がいる。

そして、あの男、木下藤吉郎がいる。


信長が、俺のところに近寄る。信長自ら、烏帽子(えぼし)(おや)になることを進言したという。

信長は俺に、烏帽子(えぼし)を被せた。


信長「鶴千代、これよりお主は、忠三郎(ちゅうざぶろう)賦秀(やすひで)と名乗るがよい。」

鶴千代「ははーっ!」


初めて信長の肉声を聞いた。信長は、なんとも言えない威圧感と、威厳に満ち満ちていた。


蒲生(がもう)氏郷(うじさと)(幼名:鶴千代)の元服(げんぷく)は、永禄(えいろく)12年(1569年)に岐阜で行われました。

主君である織田信長が自ら烏帽子(えぼし)(おや)を務め、元服後は「忠三郎(ちゅうざぶろう)賦秀(やすひで)」と名乗りました。(のちに「氏郷(うじさと)」へ改名)。


織田信長が自ら烏帽子(えぼし)を被せたというくらいだから、よほど見込まれていたということだろう。

そうに違いない。


最初の領地は、近江国日野の、日野城(中野城)。石高(こくだか)は6万石ほど。

これまでの領地をそのまま引き継いだだけなのだが、この領地が正式に蒲生家のものになったわけだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ