もしも戦国時代にスポーツがあったら【サッカー】
もしも戦国時代にスポーツがあったら。
戦国時代は、戦い、戦い、また戦い。
同じ戦いなら、スポーツで勝負。
たとえば、サッカーで勝負するとしたら。
サッカーは、イスパニアやポルトガルでは、ずいぶん昔から行われていたみたいだ。
だから、『サッカーチーム蒲生氏郷』と名付けて、サッカーチームを結成することを思い付いた。
チームのメンバーは、蒲生の家臣団。
蒲生家の譜代の家臣だけでなく、新たに蒲生の家臣団に加わった者でも、才能があればスタメン起用もありうる、というものだ。
サッカーに限らず、スポーツというものは体を鍛えることが欠かせないから、兵士の訓練の一環としても行えると考えた。
最初は、運動不足解消、訓練の一環のつもりで始めたつもりが、いつの間にかスポーツそのものが楽しくなり、瞬く間に国中に広がっていく、というものだという。
この話は、キリスト教の宣教師から聞いた。
「私の生まれた村では、祭りの時期になると、必ずサッカーをやって盛り上がっていました。
私も、サッカーが上手くて、村の英雄になりました。ですから、サッカーをやらない理由なんてありません。
私は、キリスト教の布教とともに、サッカーも国中に広めていきたいと考えております。」
蒲生氏郷は、キリシタン大名の一人としても知られるようだ。だから、キリスト教の他にも、南蛮文化にも造詣が深い。
そうなると、当然、南蛮から伝わったサッカーというスポーツにも、理解を示す。
日本にも、蹴鞠という、公家の遊びで、球を蹴って遊ぶものがあるが、それにも近い感じだ。今川義元なども、公家の文化に造詣が深く、よく蹴鞠で遊んでいたという話を聞いたことがある。
対して、野球はというと、新大陸であるアメリカで始まったのだが、戦国時代の頃はまだ、野球が誕生するよりもはるか前の時代。
アメリゴ・ベスプッチという探検家が、自分の名前を取って『アメリカ』と名付けてからも間もない頃だった。
そんな時代に、野球というスポーツを持ち込んだら、今度はそれを試してみたいと思った。
サッカーのルールも、いろいろ伝える。
サッカーボール一つあれば、そこらへんの広場でもやれるという。
手を使うことはできない。足でボールを蹴って、ドリブルや、パスや、シュートをする。
手以外なら、どこでも使える。頭でも、胸でも、どこでも使える。
基本的に、相手チームのゴールにシュートを決めれば一点。
ゴールキーパーは、唯一手を使えるポジションだ。あと、ボールが線の外に出たら、スローインといって、この時だけは手を使える。
サッカー選手のポジションから。
フォワード
ミッドフィルダー
ディフェンダー
ゴールキーパー
さらに詳細なルールは、また後ほどということで。




