兵糧攻め
大河内城の攻防戦は、力づくで攻めようとする織田軍に対し、北畠軍はなおも健闘を続けていた。
織田軍も多くの戦死者を出していた。
そこで、力攻めが困難と悟った信長は、
兵糧攻めに転じることを決意した。
賢秀「大河内城に通じる道を、全て封鎖して、食料や物資が入ってこないようにするわけでございますか。かしこまりました。」
大河内城の城内…。
食料や物資が全く入ってこなくなった。
フラフラの北畠軍兵士が、状況を伝える。
「と、殿…。」
「城内では、すでに兵糧が底をついております。一月もしないうちに、餓死する者が続出しております…。」
「このままでは、北畠軍の者は皆、餓死してしまいます。」
「殿!ご決断を!」
北畠具教「わかった、和睦を申し出る。」
北畠具房「無念ではあるが、これ以上戦を続けたところで、勝ち目は無い。」
ただでさえ、少ない兵士が、餓死してますます少なくなってしまっている状況だ。
信長の陣地
賢秀「申し上げます。北畠が和睦を申し出てきました。」
北畠具教「信長どの!この通りだ!和睦を受け入れてくれ!」
北畠具房「どうか、兵たちの命だけは、助けてやってくだされ。」
和睦を申し出る、というか、降参する、負けを認める、といった感じだ。
さらに、和睦の条件として信長が示したのが、これまた、とんでもないことだった。
なんと、次男の信雄を、北畠の養子に出すという。
北畠具教「わかりもうした。信雄様を、北畠の養子としてお迎えしよう。」
これはつまり、北畠家の次の当主は信雄になるということを表していた。
これで、間接的に北畠家を信長の傘下におさめるということになる。
これで、信長は北伊勢に続いて南伊勢も、実質手中におさめたということになる。
伊勢といえば、蒲生氏郷の2番目の領地は、たしか伊勢の松阪だった。
後に伊勢の松阪の領主になる氏郷だが、それはまだ、だいぶ先の話になるようだ。
信長「蒲生鶴千代!こたびの働き、見事であった!そなたには褒美を取らす!」
信長は、以降の戦でも、氏郷を重宝するのだった。
それにしても、実の息子の信雄を北畠の養子に出し、蒲生家の氏郷を、実の息子以上に重宝するという、この考え、どう思われるか。
そして、いよいよ冬姫との祝言の準備が、進められていた。




