ベゴニア(ミズキ):美しい物を見たい
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トラックの荷台で目が覚める。中型の軍用で雑魚寝ならギリ8人寝れる。どっから持ってきたのかは知らない。
寝ているのは僕を除いて6人。居ないのはヒマワリだけ。3つ並べた時計は、ふたつが3:50を指す。もうひとつは遅れている。そろそろ電池切れか。
他の人を起こさないように動く。ツユクサが寝返りを打とうとして、隣のアジサイにぶつかる。そのせいでアジサイが起きた。僕と目が合う。
『おはよう』
『おはようございます……』
目を擦って身体を起こす。まだ少年のような見た目で細いが、声は低くちゃんと成人だ。
『……ベゴニアさん、畑ですか?』
『寝る?行く?』
『行きますん……』
そう言いながら立ち上がる。トラックを降りると涼しい風がした。アジサイも付いてくる。
終末3年の6月第1週。地図では福井県の中央東辺り。元々港付近で生活していたらしい人達が、別の集団と揉めて追い出された、らしい。
作りかけの畑には、既にヒマワリが居た。特に何もせず、相変わらず東を見ている。足音に気付いたのかこっちを見て笑う。
『おはよ!』
『うす』
『おはようございます。ヒマワリさん』
近くに落ちてる板材を引っ張ってくる。ヒマワリが土で汚れたズボンを払いそこに座る。アジサイが持ってきた3人分の水を回し、俺らも板材に座る。
『ちゃんも見えますか?』
『分かんない』
目前はまだ暗いが、空は少しづつグレーになっていく。影絵みたいに、いや、実際に山の影が濃くそこにある。
『これは見えないな』
『あはは……あと5分!』
『アジサイ、5分測れる?』
『ちょっと自信無いかもです』
『僕もない』
5分の概念は分かっていても、実際に5分を測るのは難しい。日時計とか知識はあっても、もしもまた時計が壊れたら、少なくとも僕はまた時間を考える事はしないだろう。
『……まぁ、今日も見れないかな』
『梅雨ですしね』
『1分経ったか?』
『ま、次がある!』
ヒマワリが立ち上がる。長い伸びをして動く準備を始める。
僕もアジサイも立ち上がって、土の上の瓦礫を退かし始める。
明るくなってきた頃に、コミュニティの人が廃墟から出てくる。
『まだ居たのか』
『もちろんです!あたし、やれる事はやって行かないと落ち着かなくて』
その男、ソウジロウはアジサイと同じかもう少し下くらいで、体格の良い。そもそも僕が背が低いだけだが、その顔を見上げる。
『お前たちが毒を盛るんじゃないかって、みんな不安なんだよ』
『土に?』
『じゃあ、もう少し滞在する?』
『ヒマワリが良いなら僕はいいよ』
ソウジロウが訝しみながら僕を見る。手招きする。
『教えてやるから』
『……』
こういう、人を疑ってばかりな人間は難しい。渋々土を踏んで、ソウジロウが入ってくる。
ゾロゾロとトラックから起きてくる。キキョウはそのままトラックに腰かけ、メガネをかけてタバコを吸い出す。よれたスーツでジニアが出てきてメモ帳を開く。
『進捗はどうだ?』
『全然』
『相変わらず遅いな』
『へへへ……』
ヒマワリが頭を搔いて笑う。トラックからマリーも出てくる。ボサボサの少し長い髪を結びながら、水を取りに消える。
『サルビアとツユクサは?』
『寝ている』
ジニアは何だかんだ、寝てるやつは起こさない。まぁ別に、そのうち起きてくるか。
太陽らしき歪んだ白点が空に見えた頃に、土弄りを止める。持ってきた野菜の種子を植えながら、横にいるソウジロウがじっと見ている。
『覚えたか?』
『無理だよ』
『だろうね』
『バカにしてんのか?』
ジニアがボロボロの机で書き物をしている。ソウジロウに渡す用のマニュアルだ。アジサイが使える食材について横でジニアに提言する。
『あんたは全部頭に入ってるのか?』
ソウジロウが聞いてくる。
『全部かどうかは自信ないけど、まぁ』
『あんま俺と歳変わらないだろ?』
『それしかやること無かったしな』
サルビアが起きてくる。髪を横で束ねて欠伸をしながら真っ直ぐこっちに来た。
『おはよう』
『紫陽花、あったよ』
開口一番そう言う。近くに居たヒマワリが立ち上がる。ソウジロウが眉を顰める。
―――
住宅地を抜けて少し山林に入った場所。多分昔は観光地何だろうなと思わせるデザインの建物の庭に、青色の花があった。
『何時?』
『昨晩』
ヒマワリが近づく。ソウジロウが目を丸くしながら僕に聞く。
『何がしたいんだよ、お前たち』
『集めてるんだよ。花を』
『なんで』
なんでと言われても、ヒマワリが探してるから、としか言えない。少なくとも、別に僕が主体じゃない。
何も言わない僕の代わりに、ヒマワリが応える。
『こういう気持ちは、大事にしたいから』
ソウジロウが何も言わず首を傾げる。ヒマワリが紫陽花に触れている。
『種ってどれ?』
『さぁ?』
『無いのかな?』
ソウジロウが言う。
『何勝手に持っていく気でいるんだよ』
『無能だしケチなの?』
サルビアが悪態を付くが、ヒマワリが悲しそうな顔をするとソウジロウが一瞬怯む。この土地の物なんだから、そう言われるのも無理はない。
『……紫陽花は、挿し木で増やすんだよ』
ソウジロウがボソリと言う。めんどくさいなと思った。ヒマワリがソウジロウに質問する。
『種は無いの?』
『あるにはあるが、そっちの方がずっと楽だ』
『そうなんだ。知らなかった』
ヒマワリが立ち上がって、紫陽花から離れる。
『戻ろっか』
『……良いのかよ』
『うん。人の物は勝手に取れないから』
終末に人の物とかあるのか?とは口にしない。ヒマワリが一瞬振り返り、庭を後にする。サルビアも行き、ソウジロウが立ち尽くす。
『……行かないのか?』
『……あぁ』
広場に戻ると、アジサイが料理をしていた。それを他の人に教えている。いつの間にかツユクサが起きていて、大人と談笑している。
キキョウは座っている少年の足に触れている。事故で足首が飛んだらしいその子に、拾ってきた義足を調整している。医者というのはなんでも出来るのか、パンデミックで出来るようになったのかは知らない。
『……さっきはすまなかった』
ソウジロウが何故か僕に謝ってくる。
『ヒマワリに言えよ』
『……わかってる』
飲み物を片手にツユクサが歩いてこっちに来る。
『紫陽花どうだった?』
『あぁ、あったな』
『だろ?昨晩探したんだぜ?暗いしサルビアは平気で進むし』
ソウジロウが気まずそうな顔をする。そんな事はお構いなしにツユクサが絡む。
『ソウジロウ、今日も釣り行こうぜ!』
『そうだな』
ツユクサとソウジロウが離れていく。1人になったので適当に歩く。小さな畑越しに広場が見える、元幼稚園だったらしい廃墟を通り過ぎる。
ただの旅人だが、ここにはもう4日居る。他のコミュニティに比べて、初めは随分閉鎖的だったが、相変わらずヒマワリは馴染むのが早い。
東の街、東京を目指して来た旅路は、特別急いでも無い。どうせ僕たちの時間は長い。
パンデミックでみんな頑張ったんだ。みんな失ったんだ。こういう時間があっても良いと思う。
窓の向こうの広場に居るヒマワリと目が合う。歯を見せて笑って、すぐに他の人との会話に消えた。
さて、次は何をしよう。僕に出来る事を探しながら、広場に足を向ける。
―――ミズキ―――
火が焼けた匂いがする。それに混じって血の匂いもした。広場の真ん中で、大きな火が燃えている。そこに立っているのはキョウヤ1人。動かない人を引きずっていた。
目が合ったキョウヤが、歪で、悪そうで、いつも通り笑う。
「あぁ、おかえり」




