ハチ:若人
ワイヤーでぐるぐる巻きにされたカリンが、ボロい木造の床に座らされている。右腕はポツポツと赤い痕があるが普通の腕だ。泣き腫らした目を気にする様子も無く、ただ座っている。ホルンから逃げられないとは思わない。実際カリンはほとんど抵抗せず捕まった。
「……ホルン、その怪我は?」
第一声が何ともカリンらしい。カリンの前で立って腕組みするホルンが睨む。
「私を置いてく気?」
「いや、そんなつもりは無かった……落ち着いたら戻ろうかなと思ったら、虫喰いが多くて、あのコミュニティに向かっていったから殺さないとって思って」
「で、なんであの時逃げたの?」
「それは、追われてたから、落ち着いたら会いに行こうかなって」
カリンが弱々しく俯く。フェタが外から帰ってくる。回収依頼の物を何個か持ってきた。ホルンが足で床を小気味よく叩く。
「言ったよね?絶対逃がさないって」
「逃げるつもりは……無かった」
「嘘」
「嘘じゃないって……ただちょっと色々限界で、1人の時間が欲しくて」
「私の所に来れば良かったじゃん」
フェタが呆れた顔をする。ミズキと目が合うので、無言で肩をすくめる。カリンがワイヤーを微かに動かす。
「……これ、解いて欲しいな」
「もう逃げない?」
「逃げない」
「約束してよ?」
「うん」
ホルンがワイヤーを解いて、カリンに抱きついた。なんだこれ。
カリンが少し顔を上げた。
「……いつもと違う匂いがする」
「……うん」
多分ミズキとのキスの事か。匂いで分かるものなのか。
「……ごめん」
何故かカリンが謝った。ホルンは何も言わず、カリンの服の皺が伸びる。
ミズキとキスしたのはホルンなのに、意味がわからない。見てられなくて視線を逸らす。ミズキはあまり分かって無さそうなのが余計に辛い。
フェタに肩を叩かれる。外に出ろと無言の合図を受け取る。
家の外に出るなり、フェタが落ちてる小石を蹴り飛ばす。塀に当たってまた地面に落ちる。
「ほんとにバカみたい」
「なんでカリンが謝ったんだ?」
「知らない。自分が逃げなきゃホルンが浮気しなかったとか思ってるんじゃない?まぁあれで、ホルンが理解出来るなら良いんじゃない?」
「あー……」
というか、俺が気にするべきはそっちじゃないか。
「ミズキ、大丈夫か?」
「え?」
このままではこのパーティーは分解の恐れすらある。いや、ミズキが本当に傷付いてるならその方が良い。
「不意にキスなんかされて、嬉しい訳ないもんな」
ミズキは視線を逸らし、口を手で隠す。
「……うん」
少し耳を赤くして、ミズキが小さく呟く。これはどっちだ?どっちにしても最悪な気がする。パーティー解散の危機だ。
そもそもなんで一緒に居るんだっけか。イマイチ言語化出来ないけれど、それでも解散は悲しい。フェタが戦車から戻ってくる。
「で?あんたらどうすんの?」
「どうするって?」
「この地獄のまま行くの?」
「そうなんだよなぁ。どうすればいいかな?」
「どうすればいいって言われてもね」
ミズキが俺の服を引っ張る。
「私は、気にしてない、から」
そう言われるとなんと答えて良いのやら。本人が気にしてない。とうの2人は今それどころじゃない。頭を搔き毟る。
「ミズキって、なんで一緒に来てるんだ?」
「え?」
「いや、なんか理由があって同行してるのかなって。俺は、何となくというか、カリンがかっこいいから」
今のカリンは、かっこいいのか分からないけど。フェタが適当に石を拾って、それをまた投げる。
「なんか目的とかないの?」
「カリンは種子島に行きたいらしい」
「あんたのよ」
「無い」
何をしても良い、好きなように生きろと言われていても、結局思うようには出来ない。虫から逃げ、盗賊から逃げ、フラフラとここまで来た。
「強いて言うなら、旅が楽しいかな?」
「ふーん」
ミズキの方を見る。畏まったように真っ直ぐ立ち、またオドオドする。
「私は……みんなが優しくしてくれるから」
ミズキのこういう所は居た堪れなくなる。深く息を吸って、吐こうとした時にミズキが続ける。
「ヒマワリさんのことも知りたいし」
あぁ、また出た。その名前だ。
「そうだな。俺も気になるわ。その人」
いつの間にかフェタが居なくなってて周りを見渡す。隣の庭から出てきて、カバンに色々詰めている。
「あんたら、口だけじゃなく手も動かしたら?」
「あ、ほい」
「ご、ごめんなさい」




