ホルン:バケモノ
案内された建物を昇る。屋上まで出て、既に居る男から双眼鏡を貰った。指さした東を見る。
少し開けた土地、多分畑で、虫喰いが虫を食べている。パッと確認出来て8体。狭い土地に虫喰いが密集する事はほとんど無い。
「どう?」
キョウヤが聞いてくる。
「無理だね」
「無理かぁ」
「みんなをもう一度シェルターに避難させろ。防衛隊を集めろ」
私から双眼鏡を受け取りながらソウジロウが男に指示をする。男が走っていく。キョウヤが笑う。
「ホルン、虫喰い嵐の後は群れるのかい?」
「さぁ?」
「無傷で倒せると思う?」
「どうだろうね。優秀なアタッカーが居るなら」
キョウヤがわざとらしく目を丸くする。別に私はプロではない。ソウジロウが双眼鏡で虫喰いを見ている。
「あんた、戦うの?」
「当たり前だ。多少の心得はある」
「ふーん」
キョウヤが背中に背負っていた袋を手を取ると同時に、ソウジロウが変な声を出す。
「……何」
「なんだ……あれは。妖怪か?」
ソウジロウの双眼鏡を無理やり取る。虫喰いの死体。腹に穴を空けられて死んでいる。
道を辿る。別の死体。そこに居る人型。頭らしき場所は布が巻いてある。無地の服の上、上半身に這うようにベルト。細長い黒いしっぽ。左腕は無く、右腕の袖の捲った前腕からは、白い鱗のような物が光に反射して光っていた。
「馬鹿たれ」
双眼鏡から顔を離す。ソウジロウが居ない。キョウヤが双眼鏡を私から取る。
「あいつは?」
「討伐隊が何とか言ってどっか行ったよ。はは、ありゃ凄い」
カリンを殺す気だ。殺されるぞ。走って追い掛けようとして、キョウヤに頭を掴まれる。
「あの男になんて言って止めさせるつもり?」
「そりゃあ……」
「決めてないだろ?気持ちは分かるけど、焦らず今は追い返す方向で行こう。後から追いかければいい」
「……そうだね。ありがと」
階段を降りて混乱の住民の中進む。ソウジロウより先にカリンの所に行けるならそのまま捕まえる。そうでないのなら追い返す。ミズキとハチとフェタが待っている。
「別に、あんたらも隠れてていいけど?」
ハチは目を鋭くして私を見る。
「いいや、行かせてくれ。肉壁にでも何でもなる」
「あっそう」
フェタも手斧を取り出す。
「私も恩返しがあるし」
ミズキを見る。ミズキはウジウジしながら言う。
「私は……役に立てるかも、って」
「そう」
絶ッ対にミズキに止めさせない。今度こそ私の自力でカリンを止める。そのまま歩き出して戦車から大盾を取り出す。すっかり人の居なくなった住宅街の家の向こうで何やら音がする。
東に歩く。建物を抜けると、銃を持った人と虫喰いが戦っている。1人死んだ。
「ミズキ、ちょっといい?」
「?」
ミズキの前に立ち、ミズキの顎に触れる。そのまま唇を合わせて押し付ける。少しかさついてて、カリンのより暖かい。耳を真っ赤にしたミズキの頭に触れて、唖然した他のふたりを置いて虫喰いの方に歩く。
「ありがと」
カリンと同じならば、これで効果が出るはずだ。大体キスしてからどれくらいだろう。尻もちを着いた男の横を通り過ぎる。虫喰いが私を見た。キスが無駄撃ちじゃないといいけど。
右腕の盾を回転させる。虫喰いに腕を向けて盾を腕から外す。盾が地面を抉り、ワイヤーを伸ばしながら虫喰いに突進する。それの後ろをそのまま走る。やや右に寄せた盾を、虫喰いが左に避けた。そこに左手でナイフを突き上げる。背部腕で防がれるけど、そのままワイヤーで盾を引き戻して再び虫喰いを狙う。
虫喰いが避けた後ろにフェタが手斧を振りかざす。しっぽでそれを弾かれてよろめくフェタをカバーするように、ハチが虫喰いの口に鉄パイプを突き刺しながら腹をマチェットで切り付ける。
もう1匹の虫喰いが来た。そいつが私を無視して、銃を構えてる男達の方に行った。2人居るうちの1人がしっぽで胸元を貫かれて死ぬ。
こういう時くらいしか、まともにキスを活かせない。虫喰いが敵対しにくい効果と、一撃で殺せる武器。盾のスイッチを押して半分に割れた片翼の大剣を引き抜く。虫喰いは一瞬私を見たけれど、またゆっくりと男たちの方に歩いた。その虫喰いのすぐ後ろを歩き、ゆっくりと振り上げ、大剣を落とす。
鈍い骨が砕ける音と、砕き切った場所から血が吹き出す。脇から頭まで押し付けた大剣と共に虫喰いが沈む。
大剣を持ち上げて血を拭う。尻もちしてる男と目が合う。
「余計なヘイトになるし、自信が無いなら逃げたら?」
背を向けて次に行こうと歩くと、その男がか細い声をあげる。
「待てよ……なんでお前、襲われないんだ?」
「私が可愛いからじゃない?」
「おいおい……冗談ってのはさ、今目の前で友人が死んだ奴には言わない方が良いんだぜ?知ってたか?」
男の手が震えていて半泣きだ。地雷を踏んだ。
「それは……ごめん」
「やっぱり、アルファも侵略者も、みんなバケモンなんだな……」
男が震えながら銃口を向けた。盾を構えるより先に、男の指が動いた。
銃口が光る。盾が火花を散らす。口角を抉る跳弾が左に逸れていく。
思わず尻もちを付いた。左の頬が脈打つ感覚がある。歯に空気が当たる。痛い。最悪だ。こんなんじゃまた可愛くないって言われる。
男が震えながら、私と同じく尻もちを付いた。意味が分からなかったけと、後ろから歩いてくる足音に気づく。ゆっくりと左を向けて振り返る。
キョウヤが立ってた。片方の瞼を痙攣させながら、憎悪の顔で前を見ている。思わず小さく息を吸ったら、左の頬が痛む。キョウヤが私の前にしゃがんで、その憎悪の目のまま笑う。
「痛いな。大丈夫だ。致命傷じゃない」
そう言いながら応急処置用のジェルを1つくれた。ゆっくりと受け取る。キョウヤが立ち上がって男の元に歩み寄る。男が銃を捨てて尻もちを付きながら後ずさるが、襟を掴まれて持ち上げられる。
「お前、どう詫びるつもりだ?」
「だ、だって」
「レディの顔に傷を付けた代償は何だと思う?」
「そいつが」
「あぁそうか。俺たちが悪いか。そんなつもりはなかったが、いっそ悪者になってやろうか?」
更に横から足音がした。キョウヤがそちらを見る。私も見た。カリンだ。
頭にはずっとマフラーを巻いて顔を隠し、右腕からみえる白鱗がポロポロと地面に落ちる。鋭くなった指先で、真っ黒な虫喰いの背部腕を掴んでいた。
「カリン……」
顔を隠しているカリンに、私の怪我は見えてない。良かった。声を掛けると、カリンは掴んでいる腕を捨てる。
「こっちに逃げたぞ!!」
ソウジロウの声がした。カリンが建物の壁をよじ登って逃げる。路地から顔を出したソウジロウ達と目が合う。
何も言えないまま、私の抉れた頬とキョウヤを交互に見るソウジロウに、キョウヤがゆらりと腰を上げて、憎悪の顔でまたヘラヘラ笑う。
「あぁ、ソウジロウくん。オタクの穀潰しが、俺の大事な仲間を撃ったんだが」
ソウジロウが唾を飲んだのが見えた。




