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終末後遺症  作者: Anzsake
あの日の約束が、終わらない物だと知らなかったから
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ホルン:素面

学校の体育館、1つ目の嵐避難シェルター。それなりにスペースがあり、このまま寝転がる事も容易だ。天井付近の窓は板を張ってあり、ぼんやり暗い。天井の電気は付かないみたいで、各所にハンディライトが置いてある。微かに入る朝日のおかげか、すぐそこのキョウヤの顔も普通に見える。


「ホルンは学校には通ってたの?」


「1年だけ」


「へぇ、覚えてるもんなんだね」


「別に覚えてない。同級生とかも記憶に無い」


「ふーん」


キョウヤは適当な返事をしながら窓から漏れる光を見る。正面でうずくまって座っているカエデがチラリと私を見る。


「……」


「……」


「今の子って、話すこと無いの?」


キョウヤが笑う。ムカつくけど実際別に無い。そりゃあ生活している時は話題はいくつもあるけど、何もしてない時に話す内容なんて思いつかない。


外でバタバタと音がした。カリン達が帰ってきた。キョウヤが立ち上がって重いドアの鍵を外す。ミズキ、デビエゴ、ユスケ。


「……少ないな」


「フェタが山に落ちた。カリンとハチが助けに行った」


「なるほど、全滅を防いだって訳だ。対価は重いぞ」


キョウヤの顔はいつになく怖い。ユスケは意気消沈としていて、代わりにデビエゴが淡々と話す。


「そうだな」


ミズキと目が合った。顎をガタガタ鳴らし、半泣きのまま、慌ただしく私の前に来たミズキがゆっくりと土下座をする。


「ご、ごめんなさい……何も、出来なくって……」


「ちょ、辞めてミズキ。気にしてないから」


キョウヤが目を薄めて私を見る。


「へぇ、気にしてないの」


正直な所、カリンが死ぬとは思ってない。それよりも、また無茶をして周りに気味悪がられて落ち込む方が心配だ。


「カリンを何だと思ってるの?英雄ベゴニアの弟子だよ?」


「はは、それなら大丈夫か」


まさに今から外に行こうとしていたキョウヤが、笑って扉を閉じた。鍵をした数秒後、建物がガタガタと揺れる。外の壁に虫がぶつかりだした。小さく悲鳴をあげる人の声は、その轟音に掻き消される。


「……避難勧告を出された日を思い出すよ」


キョウヤがそんな事を言う。


「何それ」


「台風で家が危険と判断された地域が、こうやって体育館に集まって雨が過ぎるのを待つやつさ。滅多にないイベントで、楽しいんだよなぁ」


「へぇ。今も楽しい?」


「少なくとも、あの頃みたいなワクワクは無いね」


京都が8日間何も出来なかった嵐だ。ものすごく大きいか、長いこと滞在するタイプか。どっちにしろしばらくはここでボーッとするしかない。チラチラと時計を見る度に、何分程度しか進まない事に気付いて見るのを辞めた。


「ミズキ、カリン達の事、ここからその力で見れたりするのかい?」


「試してみます」


静寂。ミズキが唸る。


「……ごめんなさい。ノイズが多すぎて」


「嵐はジャミングにもなるのか」


「……あの、キョウヤさん?」


「なんだい?トイレならあっちだよ」


「あ、違います。ちょっと、聞いてみようかなって、思って」


「何を?」


「スミキョウヤさんについて」


スミ、キョウヤ、さん?分からなくて首をそちらに向けた。キョウヤは変わらず明るく言う。


「スミが話したのかい?君結構好かれてるんだね」


「あ、いえ……勝手に見てしまって」


「気になって仕方ないって事か。案外悪い子なんだね。いや、気にしなくていいよ。そうだな、せっかく暇なんだし、面白く話せるといいけど」


キョウヤがチラリと私を見て手招きする。なんか嫌だから動かず、耳だけ傾けた。


「別に珍しい話でも無いさ。パンデミックでぐちゃぐちゃになった世間と反対に、昔の馴染みが奇跡的な再開を果たした。それが俺と、あいつと、鷲見恭弥」


「……あと、小さな子供」


「そこまで知ってるのか、話が早い。その子を鷲見恭弥が拾って、育てた。それを見て俺たちは、後世の為に生きる素晴らしさを学んだ」


語り方が胡散臭い。口を挟む。


「で、あんたがその名前を名乗る理由は?」


話を聞く限り、キョウヤという名は転名だ。それもかつての仲間の。キョウヤはキョトンとした顔で淡々と言った。


「そんなの、俺の名前なんて価値が無いからに決まってるじゃん」


そりゃあそっか。こういう奴が転名なんてやりだしたんだから、こいつもその類か。


「鷲見恭弥は凄いんだぜ?俺やスミの武装を形にしたのもあいつなんだ。東京奪還の話から着想を得てあんな物を作れる人間は、鷲見恭弥しか居ない」


「よくそんな、ペラペラ喋れるね」


「はは、ただの世間話だろ?飲み会で元カノの話をするような物さ。隠そうが話そうが、激情的な物語にはならない。そうだろ?」


「そんな事……」


ミズキが小さく言おうとした言葉に、キョウヤが被せる。


「似た話が聞きたければそこら中で聞けるだろ。まぁ、昔からネットを開けば、誰かの不幸を見れた時代だったし、あんまり変わらないか」


キョウヤがミズキの眼を覗き込む。薄闇の中に浮かぶ別の黒が渦を巻くような瞳が見えた。薄気味悪い笑みを浮かべるキョウヤが、ミズキに言う。


「君の目は、ROM専のSNSみたいなんだな」


「……え?」


「悲しみを食い物にする気分はどうだい?俺は分からないからさ、是非教えてくれよ」


「……そんなつもりじゃ」


「はは、泣かないでよ」


キョウヤがミズキから顔を離す。その瞬間、分厚い鉄扉の向こうで、肉と甲殻が凄まじい速度で弾ける「ベチャリ」という鈍い音が響いた。何百、何千という虫が、ただ進路にあるこの体育館に激突して、自らミンチになりながら壁を汚している。その羽音と衝突音が、会話の切れた空間に容赦なく滑り込んでくる。

キョウヤはどこから何処までが本気なのかさっぱり分からない。ミズキは半泣きだ。


「か弱い女の子に突っかかって、ダサいよ」


「俺がミズキの目を持っていたら、真っ先に君の過去を覗くんだけどな」


キョウヤが壁にもたれて帽子を被った。舌を出して謎の誤魔化しをする。


「今回のミズキの嵐の観測も、結果として俺らを安全に導いた。でもね、それは昔の社会があらゆる人間を巻き込んで、個人に膨大なタスクを投じてやっていた事だ。それを適合者が無闇矢鱈と行う事には懐疑的で居ないといけないと思ってる」


「……それで人が死んでも?」


「もちろん。もしホルンがミズキの事を分かってて、それで人が死んだ時、ミズキのせいにしないと自信を持って言えるか?全員がそうだと言えるか?」


言えない。当然だ。キョウヤは帽子を深く被って、半分寝転がるような体制を取る。


「背負う物が増えすぎると、生きる理由になる。生きる理由ってのは、人を蝕むんだよ」


そう言ってキョウヤは何も言わなくなった。小さく身体が動く。寝たらしい。昨日から寝ずに走り回ってたし、仕方ないか。


言いたいことは分かる。でもそれはただの批判だし、事実キョウヤ自身はアルファの為にって大義名分を掲げてる。矛盾した話だ。


立ち上がって俯いているミズキの横に座り直す。


「なんでキョウヤにあんなこと聞いたの?」


「……辛いことは、話せば楽になれるって」


「誰かに教わったの?」


ミズキが小さく俯いた。私は誰かに話せば楽になるんだろうか。想像できないから考えるのは辞めて、ただ外から聞こえる激突音に耳を澄ませる。

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