カリン:知らなかった事
テントの外に並べられた銃火器や弾丸の箱を、ハチとユスケがトラックに積み込む。これだけ沢山あるのにまだ2往復は要るらしい。
駐屯の端、くすんでしまった虹色の死骸を、デビエゴとフェタが囲んでいる。デビエゴが鹿の腹を割いて開く。虹色が溢れてべちゃりと出てくる。気持ち悪い。
デビエゴがそれを引っ張る。1本の虹がズルズルと出てくる。その1本から無数に細い毛みたいなのが伸びている。鹿の内臓のあったであろう場所はぽっかり空洞になった。
「寄生虫で間違いないだろう」
「肉や骨は意外と綺麗だね」
「寄生理由が捕食以外にあると考えていい」
「つまり?」
「獣への寄生は通過点という事だ」
内臓を食い尽くすレベルで育ってしまった。と考えて良いんだろうか。伸ばされたこの虹が単体なのか?
「デビエゴは見たことある?」
「無い」
「だよね」
デビエゴが立ち上がり、フィルムカメラを取り出して何枚か撮り始める。
僕も立ち上がりテントの方に行く。使わないテントを片付けて倒す。ここでは嵐は防げない。ある程度畳んで福井に戻るらしい。
スミは今療養中らしい。おおよその話は聞いた。僕達は火薬の運搬とここ駐屯の畳みが終わったら元のコミュニティに戻る。
トラックの荷台を閉める音が鳴る。そちらに振り向く。ハチが額を腕で拭う。
「ふぅ、これそのまま化け物にぶつけたら強いんじゃね?」
ユスケが笑う。
「確かに!あいつが陸に上がってくれたらな」
「上がるのか?」
「さぁ。見たことは無い」
ホルンが横に来る。僕とフェタはこのまま残り、ホルンは帰ってコミュニティの手伝いをする。横に来たホルンがじっと僕を見つめる。
「ん?」
「……なんでもない」
そう言ってトラックに歩いていく。何も言えず見送る。分かってるつもりだ。でもどうしてあげればいいか分からない。
運転席のユスケが親指を立てて発進した。トラックの音が遠ざかって行く。
横に立つハチが腕を腰に当てて同じく見守る。
「さて、俺も一旦福井に戻って、ミズキとか連れて来るかな」
「そうだね。よろしく」
相変わらず僕は、しっぽで騒ぎになったら不味いから行かない。
「おう、カリンもこっちの作業よろしくな」
「うん」
色々バタバタしてるせいか、みんなと離れ離れになってばかりだ。
テントの片付けをしていると夜になる。残った一部の人達とデビエゴとフェタで夕食を囲む。米や肉といったシンプルな食事だ。さっきの鹿を見たあとだと気が引けるが、お腹は空いた。
1口食べる。頭がふわっとする。落ち着いたらまた食べる。2回目のふわっとは無い。僕とデビエゴとフェタに大した会話は無い。他の人の会話をただ聞きながら食べる。別に特別気まずいとかでは無い。僕は。
食べ終わって片付ける。残しているテントに押し入って次々と寝始める。デビエゴも横になってぼーっとし、フェタはそそくさとテントから出た。女性だからだろうか。
疲れてるけど、何となく僕も寝れないからテントを出る。また少し胞子濃度が上がった。
「……何?」
少し離れた所にいるフェタがこちらを見ている。
「やれる事をやっておこうと思って」
「あっそう」
と言った矢先、暗すぎてまともにやれる事が無いことに気付く。フェタの方に歩くと、フェタは両手を前に出した。
「タンマ」
「え?」
「あんたホルンが居るんでしょ?」
「……どういう事?」
「私と2人はダメ」
何故?
「……分かってないの?」
「何を?」
「ホルンがカリンの事好きなの」
「いや、分かってるよ」
それとどう関係があるんだ?フェタは眉を顰める。
「どういう事?知っててホルンと一緒に居るの?」
「待って、フェタが何を言いたいのか分からない」
何処かで生き物の音がする。相変わらず星は良く見える。数が多すぎて目眩がしそうだ。
「……付き合って無いの?」
「付き合うって何」
「そこから?」
いや待て、この話はハチに軽くされた事があった気がする。確か下着を買った時だ。
「キスの事?」
「キスしたの!?」
「……付き合うって、婚約の事?」
大人同士が子孫を残す為に男女で約束する事だったか。話は聞いてる。おやっさんとか、シライシさんとか。師匠がそれを失敗して独りだとか。
フェタが呆れた顔をする。予想通りの事を言う。
「呆れた」
「婚約はしてない。ホルンの事は好きだし、ホルンがキスが好きだから」
キスの効果については言わない。
「交際って単語、知らないの?」
「うん」
「あんた旧時代で何してたの?普通聞くじゃん」
「何もしてないよ」
「そんな訳無いじゃん」
そんな訳無いらしい。適当な場所に座る。
「交際って何?」
「男女が婚約する前に関係性を確かめる事、かな?」
ということは、僕が今やってるのはフェタから見たら交際なのか?それはつまり、婚約になるって事で、子孫を残す必要があるって事になる。
「そうなんだ」
昔の自分を思い出しそうで嫌になる。ホルンはどう思ってるんだろう。
「フェタは交際してるの?」
「そういう事、あんまり人に聞かない方がいいよ?」
「……そうなんだ」
フェタは僕に聞いたのに。
―――
『お兄ちゃん。私、タネちゃんと行きたい』
『ふざけんな!!』
何となくぼーっと空を見てたら、星が薄くなって来た。東の山の向こうが少しずつ白くなっていく。参ったな。寝た感覚が無い。
木の影で寝ているフェタに声をかける。
「フェタ」
「……んん」
「フェタ」
「……」
目が合う。フェタが飛び起きる。
「ちょっと、何もしてない?」
そうだった。交際のルールみたいなものだった。他の女性に無闇に話しかけるな。何もするな。聞いていて意味が分からなかった。それじゃあコミュニティでは生きていけないのでは無いか?線引きがまだ掴めてない。
いや、そもそも僕はホルンと交際している自覚は無い。僕だけ勝手にそう名乗っていいのかな。
「何もしてない」
「ふーん……」
フェタが立ち上がって服に着いた土や葉っぱを払う。つくづく僕は、人並みの教養が無いんだなとため息が出る。
遠くで車が走る音がする。北西からひとつと南からひとつ。しばらくしてどちらとも駐屯の敷地に入ってきた。ユスケとトラック。ハチとミズキとデビエゴ含む別のトラックだ。
ハチが笑いながら不貞腐れる。
「モーニングコールしようと思ったのに」
「そのうち頼むよ」
「俺カリンが寝てるとこほとんど見た事ないけど」
人前であまり寝れないから仕方ない。ミズキが何故か僕に頭を下げる。
「えっと……おはようございます」
「?おはよう」
「ミズキ、残念ながら話してたモーニングコール作戦は失敗したんだよ」
ミズキの口角が少し下がる。車から漏れるラジオは今も雑音だ。
「さて、あとは帰ってシェルターに籠るだけって感じだな?」
「そうだね」
会話が終わったと同時に、この場の音を支配していた雑音が晴れて、人の声に変わった。近くに居た人が慌てて音量をあげる。
[終末9年 7月16日 朝の広域放送です。8日間の音信不通、誠に申し訳ございません。現在京都では大型の虫の嵐が終わり、ただいま復興作業を開始したと共に、本日より広域放送を再開致します。虫の嵐ですが、現在海峡に向かって東進中です。該当地域の皆様は防災準備を急いでください]




