カリン:焦り
昼頃に帰ってきた戦車に乗ったキョウヤ達が周囲を見渡す。コミュニティでは露店は店じまいをし、大きめの板材を運んでいる。
「慌ただしいけど、何かあった?」
「海峡の向こうから虫の嵐が来る。可能性はかなり高い。遅くても1週間」
「……マジ?」
「京都の方で嵐があったのは多分間違いないよ」
「多分間違いないって」
キョウヤが小さく笑って息を吐く。フェタの顔が曇っていく。
「ま、リーダーがそう言うのなら、俺もそれに従うかな。それにしても、みんなよく動いてくれたね」
「うん。ユスケが動いてくれたから。それに僕らが居ない時に、何匹か虫が飛んだらしい」
何も言わずにホルンが戦車に戻る。エンジンをかけて車庫に入れる。
「よし、俺らも動こう。スミは?」
「北のコミュニティだよ」
キョウヤが固まる。また小さく笑って頭に手をつく。
「なるほどね、分かった」
「火薬を運搬する為に1度戻りたい。そこでハチ達と合流して……」
昨晩見た変な獣を思い出して頭を搔く。虫の嵐が確定していないとは言え、何処まで先にやるべきか悩む。
コミュニティの手伝いをするキョウヤについて行き、できる範囲で僕も手伝う。片手で持てる物は限られるけど、やらない訳には行かない。
「……昨晩変な獣を見た。虹色の突起が付いてて、ユスケは寄生虫みたいだって言ってた」
「……なるほど、色々詰まってる訳だ。ひとついいかな?」
「うん」
「虫の嵐の確実性は?」
「ミズキだ」
台に乗ってガラスに板を張るキョウヤが唸る。
「色々予定を組んでいるところに、台風のニュースを見た気分だ」
天気予報ってやつだ。ずっと昔、小さな部屋の中でそれしか見るものが無かったからよく見ていた。あれはどうやって調べてたんだろう。今はそれどころじゃないか。
「こっちは大丈夫だから、カリンはユスケと一緒に火薬運搬を済ませるといい。そっちでも色々あるらしいけど、頼んだよ」
「……わかった。キョウヤもよろしく」
「はいはい」
コミュニティを走ってユスケを探す。人の波の中進んでいると誰かとぶつかった。薄紫色の髪、確かホルンとよく話してるカエデって名前の女の子だ。
「ごめん」
「大丈夫です」
カエデは落としそうになった小物を抱え直して僕を見る。
「これからどうなるんですか?」
「1週間は様子を見たい。嵐が来る。それか来ないと分かるまではこのままかな」
「そう…ですか。ありがとうございます」
律儀にお礼をして、カエデが走り去っていく。確かに濃度は濃くなりつつはある。でも僕自身、嵐が確定だと言えない。
それでもミズキやリオが見たというなら信じるしか無い。もしも見切り発車で、本当は来なくても、それが命に関わる事にはならないはずだ。
「カリン」
声の方向に振り返る。ユスケがこっちに走ってくる。横にはホルンだ。既に盾を持っている。
「やけに忙しいな」
「そりゃあ……」
ユスケの感覚は最もかもしれない。いつ来るか分からないとは言え、確かに僕も焦った言い方をしている気がする。1度ゆっくり息を吸う。ホルンと目が合う。
「大丈夫。なんともないよ」
「本当?1度やらかしたんだから、ちゃんと管理しないと」
「うん、今はやる事を早く終わらせよう」
ユスケとホルンとトラックに行くと、さっきの場所にまだフェタが立ってた。呆然としている。ホルンが目の前に立つと、小さく目が動く。
「あ……」
「何してんの?やる事無いならコミュニティ手伝ってきたら?」
「……分かってる」
僕は京都がどうなってるか分からないから、根拠も無く大丈夫なんて言えない。フェタがホルンから目を逸らして俯く。
トラックを持ってきたユスケが降りてくる。
「お、フェタちゃんも行くのか?」
何も言わないフェタの代わりにホルンが言う。
「いや、コミュニティの対策設置の方が優先じゃない?そんなに人数が必要なの?」
確かに。これだけ連れて行って、荷物やハチ達を含めた積載量が不安だけど、ここでフェタが悩んで動けないよりもマシだろうか。そもそもコミュニティは、今は人が多い状態なのも事実だ。
「いいんじゃないか?フェタちゃんの好きなようにすれば。別に社会的な主義とかじゃねぇんだ」
「それは……」
「ここは終末で、俺たちは全員、終末を生き残った強者だ。どこで何をしても良いって」
それは、どうなんだろう。フェタが顔をあげる。
「……連れてってください。私は、早く化け物を倒す必要があります」
「よっしゃ、乗れよ。女の子が2人も居る運転は楽しみだな」
「……それが目的?」
「まさかそんなことがあるはずが」
ホルンとフェタが荷台に乗り込む。僕は助手席に乗る。トラックが勢いよく走り出した。
「よっしゃ、さっさと終わらせて、シェルターで酒でも飲もうぜ」
ホルンが冷めた声で応える。
「未成年」
「飲まないタイプか!?大丈夫だ、俺も無理に飲ませないタイプだ」
ユスケが歯を見せて笑い親指を立てる。
「……なんでそんなに緊張感無いわけ?嵐が来るんでしょ?」
「逆になんでそんなピリついてんだ?別に嵐なんて、年に数回位直撃するもんだろ」
「それで人が死ぬかもしれないのに?」
「分かるよ。でもな、明日も平和に生きていけるなんて、本気で思ってる奴は何処にも居ないんだよ。むしろ感謝すらしてるさ」
「……どういう事?」
トラックが減速する。理由はすぐに分かる。昨晩の獣が目の前に居る。まだ山道じゃない。ここまで付いてきたのか?
「……どーするカリン?」
「……抜けよう」
「あいよ」
ユスケがペダルを踏み込む。加速したトラックが横に揺れて、獣をギリギリで避けた。角が微かに横を擦った。もう一度減速する。窓を開けて後ろを見る。
「……ユスケ、進んで。時速30kmでいい」
「お、おう」
獣がこっちを見た。歩いてくる。




