ミズキ:雨と傷の名前
ベッドで寝ているスミさんのガーゼをゆっくり剥がす。赤く滲んだそれの端を指でつまんでくずかごに入れる。
「無理しなくてもいいんですよ」
多分、顔に出てた。頬を触ろうとして止める。顔は汚い。
「大丈夫、です」
全然大丈夫じゃない。
「ありがとうございます」
馬鹿みたい。呪われてる癖に、こんな事で生きる理由にしちゃって。何がしたいんだろ。私。みんなは何をもって、生きる理由にしてるんだろ。
リオさんから受け取った新しいガーゼを、スミさんの患部にそっと張る。腹部の弾痕は、内臓の影響は少ない。らしい。男性の身体って、固くて大きいな。私も男なら、強くいられたかな。
スミさんの身体に触れてしまった指先から、小さな痛覚が身体に広がる。まただ。必死に目を開こうとするのに、瞼が言うことを聞かずに落ちる。
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静かな雨の中、無人の国道を3人が歩く。服装はバラバラ。髪型も違う。笑いあって石を蹴る。
「そしたらその女、急に泣き出してさ!それでゾンビが来る訳よ」
「で?どうしたん?」
「そりゃあ、置いて逃げたさ」
「可愛かった?」
「おう、ゾンビで見かけたりしねぇかな」
「もう腐ってるって」
傘もささず、何も恐れず、3人は歩く。1人が指を指した先の建物に入っていく。様々な品が売られていたであろうそこは、すっかり空っぽになってしまって荒れていた。
「ちぇ、少しくらい置いといてくれよな」
「どうせ、どっかに大量に保管してるっしょ」
「裏見る?」
「見よ見よ」
扉を開けてバックヤードに入る。棚や引き出しの箱を漁っては、これでもないと呟いて投げ捨てる。
「お、あったぞ!」
1人が取り出した箱には、いっぱいの缶詰が入っていた。
「消費期限いつよ?」
「今年。ギリ!」
「セーフ」
缶詰を開けて中身を貪る。最低で下世話な話で盛り上がる。
「こんな不謹慎な話、誰かに聞かれたら殺されちまうよ」
「無い無い、居ない居ない」
「本当に、再開出来たのが奇跡だよ。俺ら」
「……そうだな」
3人とも真顔になり、雨の落ちる音だけがどこかで鳴る。
「……寒いな」
「濡れたからだろ」
「タオルかなんか探そうぜ」
立ち上がり、別行動で建物内をうろつく。声を張り上げながら会話する。
「なぁ!次どこ行く!?」
「知らね!地図とか無い訳!?」
「お前読めるの!?」
「全然!!」
「タオル見っけ!」
2人が合流する。
「あれ、恭弥は?」
「おーい!どこ行った!?」
もう1人が真剣な顔で顔を出した。
「……人居た」
そいつの案内で建物を進む。バックヤードの階段の下、ダンボールで作られた床に、子供が1人座っていた。
「ガキじゃねぇか」
「生きてる?」
「お、瞬きした。おーい」
子供の前で手を振る。子供は無表情のまま瞬きだけを繰り返す。
「言葉通じねぇの?」
「何歳くらい?」
「見たとこ5歳とか?」
「いやいや、パンデミックで3歳はもう死んでるって」
会話が途切れる。雨の音が止んだ。1人がしゃがんで子供を見る。
「名前は?」
返事はない。
「いつから1人?」
返事は無い。
「あーダメだな。ママが近くにいるのか?」
なんの言葉に反応したのか、子供は無表情のまま涙だけを流した。何も言えない中、1人が動く。
「タオル、貸して」
「おう」
そいつが子供にタオルを掛けた。
「なぁ、俺たちと一緒に来ないか?」
「は?マジかよお前」
「どうせみんな、なーんも持ってないんだ。いつ死ぬか分かんねぇしさ。一緒に楽しいことしようぜ?」
返事は無い。ただ静かに瞬きを2回した。それを見て、話しかけた男は笑う。
「俺の名前は鷲見 恭弥。覚えたか?」
返事は無い。ただ静かに、また瞬きを2回した。
「そうか……辛かったな。大丈夫。もう声、出していいぞ」
「……うん」
男が頭を撫でる。その雫が落ちる音はしなかった。男の膝に落ちたからだ。
男3人と少年1人は廃墟を出る。雨上がりの中、ふらつきながらも歩く少年を支える。
―――
やっと言うことを聞いた瞼を開ける。何秒だったのだろう。いつも時間の感覚が狂う。スミさんが自分で服を着終えた所だから、多分5秒。
「……どうかされましたか?」
「あ、いえ……大丈夫、です」
スミさんが訝しんだ顔をする。目を合わせるのが怖い。
「何か、見たのですか?」
「ご、ごめんなさい……」
スミさんが動いて、思わずまた目を閉じる。殴られない。小さく息を吐く音がして、ベッドが小さく鳴った。
目を開けると、何事も無かったようにスミさんが横になっている。
「何を見たのですか?」
「えっと……子供と、雨と」
「鷲見 恭弥」
「……はい」
やってしまった。いつもこうだ。目を閉じたまま、スミさんが口を開く。
「子供は死にました。よくある話です。鷲見 恭弥も死にました。こちらもよくある話です」
「……え?」
「もういいでしょう。誰もが持っている故人への感情は、あまり詮索する物ではありません」
分かってる。別に聞いてないし。それで痛い思いも何回だってしたし。
鷲見 恭弥と名乗る男の人は、キョウヤさんとは別人だった。
後ろに居た男性2人が、多分キョウヤさんとスミさんだ。
2人は、その鷲見 恭弥という故人の名前を分割して、自分たちが名乗っている。そういうことだろうか。なんで?
『あんたに何が分かるって言うのよ!!』
分かる訳ないじゃん。教えてくれない癖に。




