ハチ:年月
「すまなかったな。強く殴っちまってよ」
歯はある。頬が腫れて動かしにくい。横のベッドでスミが寝ている。リオがえげつない速度で処置を終わらせていた。
「あんたに慰められる歳じゃねぇよ」
「そうか」
ソウジロウが俺の前に座った。その顔はさっきとは別人みたいに笑顔だった。
「で?みんな元気にしてるのか?」
「は?」
「ヒマワリさん達だよ。お前も知ってるんだろ?」
途端に罪悪感に襲われる。純粋な子供みたいな視線を、ソウジロウは俺に向けてくる。
「……さぁな。ベゴニアさん以外には会ってないからよ」
「……そうか」
「でも、生きてるっぽい発言はしてたぜ。誰かは知らないけどさ」
「なら、お前は知らないのか?」
「あぁ、楽園にある巨大な白い塔の中に、その8つの花があった。それ以外は知らない」
俯いたソウジロウは、小さく微笑んで息を吐いた。何も知らない。だからこそ踏み込んでしまったのだが、俺はこれ以上踏み込めない気がしている。でも聞く。
「なぁ、その8人は、ここの出身なのか?」
顔を上げたソウジロウは立ち上がって手を横に振る。
「違う違う。西から旅してた旅団だよ。立ち寄ったここで人助けなんかしちゃって」
「あの紫陽花も?」
「あれは、この土地で咲く生き残りだ。花の種を探してるって言うもんだから、分けてやったんだよ」
「てことは、育ててたのか」
「まさか。彼女らが来るまで、花なんて全く興味も無かった」
彼女。ヒマワリは女性ってことか。イメージ通りだ。
つまり英雄であるベゴニアは、西からヒマワリさんと言う女性を筆頭としは8人のパーティーで東に向かい、その果てである東京にて白い塔を……白い塔ってなんだよ。あれはなんだ?
いや、今に始まった事じゃ無いけどさ。
「それ、何年前なんだ?」
「7年前だ」
頭の中に時系列を作る。今が終末10年。東京奪還が4年前だから6年目?7年前だと……
「俺がヒマワリ旅団に会ったのが終末3年。東京奪還が終末5年だ」
俺の混乱を見透かしてソウジロウが言う。
「んん?ちょっと待ってくれ。ズレないか?」
俺の質問にソウジロウは笑って答える。
「パンデミックの起きた年を1年とするからな。今は終末10年、パンデミックから9年目だ」
「……分かりにく!」
「同感だ」
笑うソウジロウの声が落ち着いた時、掠れたスミの声がした。
「旧時代の世紀表記に寄せたのでしょう……」
「おっ、起きたか」
「それよりも……今後の話です……鉛玉の対価は高く付きますよ……」
「そうかもな。だからと言って、俺の意見は変わらない。俺は俺のやり方を通す。だがあんたの意見を蔑ろにもできない」
「変わってんじゃん」
「元からあったはずのものを、お前のお陰で思い出しただけだよ」
爽やかそうに言うが、我が強い事に変わりはない。
「俺がお前達に依頼を投げる。そうすれば俺たちは早く防衛線を張れる。お前達はその報酬で好きにするといい。簡単だろ?」
言い方を変えてるだけで、協力する事に変わりないのでは?と思ったが受け流す。
「ハチ。ちょっと俺と歩くか」
「……おう」
―――
人の多い場所を抜けて、畑が広がる土地を歩く。作物は順調だが広い。これを少人数でやっているんだろうか。楽園はもっとこじんまりとしてたな。歩きながらソウジロウが呟く。
「畑はベゴニアさんから教わったんだ」
「へぇ、あの人庭師じゃないのか」
「庭師?」
「腰の痛そうなおっさんだったぜ」
「そうか……もう7年だもんな」
ソウジロウが畑を見つめる。
「そんなに?」
「あぁ、ここがまだ混沌としていた頃に来たからな。関西の連中がここで拠点を建てるなんて言い出してた頃だったから、みんなピリピリしてたんだ」
「それなのによく旅人なんて招き入れたな」
「最初は関西の連中だと思ったぜ?トラックから降りてくるや、デカイ箱を何個も下ろして、使ってくださいなんて言うんだ」
「中身は何だったんだ?」
「薬とか種子とか、そういう物ばかりでな。なんだ食い物じゃないのかよって落胆したもんだ」
畑仕事をしている複数人がこちらに手を振る。ソウジロウが手を振り返す。
「最初の依頼だ。畑、手伝うぞ」
「俺今、誰かさんに殴られたばっかりだけど?」
「おっとそうだったな。絆創膏欲しいか?」
「要らねぇ」
緩い土を踏みしめる。綺麗に並んでいる緑を見渡す。これ全部やってるんだもんな。
ソウジロウが帰っていく。おっさん達に教わりながら作業をする。
「野菜って、美味いけど栄養効率悪いよな」
作物を弄るおっさんが笑う。しまった。完全に失言だ。
「それはそうだ。肉の方が断然美味い」
「……あんたが言ったらダメだろ」
「もちろん米もある。肉も獲る。その上で要るんだよ」
「なんで?」
「そりゃあ、美味いからな」
答えになってない。教わる仕事は実の剪定だ。うまく育たない実は取ってしまい、他の実に栄養が行くようにする。らしい。地味な作業だ。汗が吹き出て目に入る。
「……なぁ、おっさん」
「あ?」
「こんな事聞いていいのか分かんねぇんだけどよ。他の奴らが言ってる原子力?ってのは、何なんだ?」
「あー。俺も知らねぇよ」
おっさんが笑いながら、凄まじい速度で作業を進める。話しかけておいてあれだけど、集中しないと距離がどんどん離れそうだ。
「昔の技術の賜物だな。でもそれは自然には毒になる。それは巡り巡って俺たちの身体にも入る。だから恐れられる」
「おっさんは怖くないの?」
「どうだろうな。実感が湧かねぇな。変な話だろ?昔はそれにあやかってたはずなのに、全く知らない。ただ話だけ聞いて怖がってまってよ」
「……海に沈んだんだもんな。やばいって事だよな」
「どうかな。俺もここにずっと居るんだけどな。ニュースが最期に喚いてた頃、その発電所に数人が集まってよ、ドアを溶接していきやがった。最期のドアに入った後、それから二度と見なかった」
「……中に閉じこもったって事?」
「それを良い話にしちゃだめなんだろうけどなぁ。そういう積み重ねが無いと、俺たちはとっくに死んでたろうな」
海峡が出来たのが3年前。終末10年ならば、6、7年の幽閉。
「それで毒が消えるの?」
「さぁな」
知らない事ばっかりだ。俺はともかく、このおっさんすら知らない。
終末になって、俺の生活は俺次第だった。知っている事しか出来ない。歩いた道しか知らない。
蛇口がどういう仕組みかすら、暇つぶしに解体してやっと半分わかった位だ。
でも昔はそんな事なかった。知らなくても出来て、歩かなくても知ってる。そんな記憶の隅の小さな虚無的幸福は、今じゃすっかり思い出せない。あげた顔を撫でた風は、ほんの少しだけ潮の香りがした。
閉じこもった人達は、一緒に海に沈んだんだろうか。




