ハチ:多分そう
「何か勘違いをしているな?俺達はお前らが居なくても守り通す。むしろ余計な視線が増えるだけになり、あれだこれだと話し合いとかいう無駄な時間を使ってしまうような気もするが?」
立ち上がったソウジロウが部屋の中を歩く。まぁそれはそうだな。守るだけならカリンがやったようにすればいい。
「私が提示するのはミクロの話ではありません。その後の復興、更に先の持続可能な社会、とでも言いますか。それを目指す為に、ひとつのコミュニティだけで回すのには限界があるのです」
「そうかな?俺がここで人を集って6年、いや7年か?食料問題は十分に回せているし、お前たちとここで火薬とこの設計図を取引した時点で、10年後の自衛手段は手に入った。それでいいじゃないか」
「終末が来て10年。長いように感じますが、まだ10年ですよ。この10年何があったか、あなたも経験したでしょう。先のことに本当に大丈夫だと言う保証はありませんよ」
「だからこそ、俺たちは外側の意見に流されない形を取った。進化論において、俺たちみたいな外れ値は必要だろ?」
外れ値。楽園みたいなものの事を言ってるんだろうか。
「志が気高い事は立派ですが、問題は沢山あります。それを解決しないで自滅するのが、本当に子供の為ですか?」
「えらく突っかかってくるな?特殊詐欺か?」
スミの顔色が変わる。脚がピクリと動いた。
「……この海、原子力発電所が沈んでいますよね?」
その言葉にソウジロウも止まる。恐ろしい剣幕でスミを睨みつけた。
「てめぇもその口か?化け物の代わりに殺してやろうか」
「勘違いしないで頂きたい。リオさんにも言いましたが、私が危惧しているのは、それをちゃんと調べて対策をした上で、次の世代に繋ぐべきだと言うことです。あなた方が信頼に値する数値を出せるのなら、こんな事は言いませんよ」
スミが立ち上がる。止めようと手を伸ばしてみたが無駄だった。リオが目を逸らす。ソウジロウは何も言わない。不味い事になった。
「あなた今、私に脅しを掛けましたよね?私を黙らせる数値があるのならこちらも頭を床に付ける位はするつもりですが……どうなんですか?」
「この時代のどこにそんな高等技術が残ってるんだ。あんたらの言う化け物の居る海に沈んだ建物を検査するだって?」
「私ならやります。愛した町なら尚更。なので先ずは化け物を殺します」
ふたりが睨み合う。どうしようかと全員を見回す。ミズキは怯えてるし、リオはこっちを見ない。デビエゴは真顔で立ってる。こいつ何なんだ。
ソウジロウがソファに倒れるように座った。
「火薬は2倍付けてやる。細かい話はリオとしろ」
リオに促され、そそくさと建物を追いやられるように出る。
外には既に、銃を持ってる大人が数人並んでいる。やらかしたんだろうなと、肌感覚で分かる。
幼稚園の記憶なんてほとんど無い。当時仲良かった同級生とか、今何してるんだろ。そもそも生きてんのかな。
グラウンドをチラリと見ると、見覚えのある彩が目に止まった。青っぽい花だ。どこで見たんだったか頭を巡らせる。
「スミさんらしく無いですね」
デビエゴが喋った。スミが口角だけあげる。
「申し訳ない」
スミさんが普通に謝罪した。デビエゴは動じず返す。
「別に俺は、ここと仲良くならないといけないとは、思ってませんので」
辛辣だな。リオが聞いてるんだぞ。と思い振り返るが、真顔のままこちらを見る。それはそれで怖い。
「火薬については、先程の駐屯まで戻り、ユスケさんの到着後、取引通りにお支払いします。化け物退治、応援していますね」
リオの声の抑揚は死んでいた。スミが笑う。
「えぇ、ありがとうございます」
もう二度と来るな。そういう意味なんだと思う。リオは難しそうだけど、もう少しで仲良くなれそうかなとか思ってたのにな。
相変わらず人に見られる。気まずい。路地の鉢植えに、さっき見たのと同じ花があった。
「リオ、あれなんて花?」
「あれは紫陽花です。領主様のお気に入りなんです」
紫陽花。あぁそうだ。白い塔だ。あそこに咲いていたんだった。
……色も同じなのか?繋げなくていい所が繋がり、勝手に線になる。モヤモヤする。違うと否定する何かが欲しい。
「……なぁ、ミズキ」
ミズキが俺を見る。相変わらずぼんやりとしている。
「さっき、ヒマワリさんって言ったよな?」
「……うん」
「続きがあるんじゃないか?」
ミズキが考える仕草をする。
「あった、と思う」
思う?いや違うな。名前の羅列じゃない。ミズキは何を見ているんだ?
「どうかされましたか?」
スミが聞いてくる。なんて答えればいいか分からず、ただスミをじっと見る。
その時ミズキがボソリと言った。
「種?」
鼓動が早まる。リオが訝しんでいる。スミが俺を見る。
「ハチ?」
確かめたい。でももう行けない。分かっているのに、足が後ろを向いた。
カチャリと音がした。銃口が俺を向いた。そりゃそうだ。衝動だった。動いてから気付いた。
その男に、ミズキが体当たりをした。鋭い発砲音。住人の悲鳴。別の銃を持った男にスミが距離を詰める。一瞬こちらを見たスミが小さく何か言ったけど分からなかった。ただ口の動きから、小さな二言が読めた。行け。
再び発砲音がして、スミの体から血が飛んだ。一瞬スミの動きが止まったのに、そのまま男を制圧する。
完全に俺のせいだ。煽てられて調子に乗ったのか?相応の現実を軽んじた。こうなると、もう行かない方がダメになる。
もし違ったら?もしも俺の推測が間違ってたら?もしも正解だったとして、何も変わらなかったら?
悲鳴に混じって色んな声が聞こえる。どれが俺に向けられてるのか分からない。脚の近くを何かが通った。その直後にもう1回鋭い発砲音がする。
立ち尽くす人を押しながら走る。路地裏に出た。幼稚園の門を飛び越える。子供が俺を見た。
後頭部に鈍い衝撃が入り、背中を押された。顎をぶつける。地面に倒されたのだと気づく。白く滲む視界で、ソウジロウが見えた。
「ガキには伝わらなかったか?もうここには来るな」
「ひとつ……聞き忘れた事があったんだ……」
背中の人が何かしら言うと、ソウジロウが怒鳴った。丁度耳鳴りがして聞き取れない。ソウジロウが指示を出す動作が見えた。背中の重りが無くなる。座らされた俺の顔を、ソウジロウが布で拭いた。
「こんなまでして聞きたいとはな。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねぇよ……」
「内容次第じゃ、今度は俺が殴る」
息を整える。頭を整理する。
「楽園って聞いたことあるか?」
ソウジロウが一瞬固まる。まずはクリア。
「……あぁ、東京奪還とかいうあれだろ?」
「じゃあ、英雄ベゴニアって、聞いた事あるか?」
ソウジロウが頭を搔く。次も多分OK。
「一緒に流れてきたな。それがどうした?」
殴られたおかげかな。何故かよく思い出せる。ソウジロウの瞳孔が動いた。しゃがんでる腿も反応する。こういう人の機微はすぐ分かる。
「背の低い、ぼんやりとした奴でさ。あとはなんだったかな。キキョウ。ジニア。アジサイ。マリーゴールド。ツユクサ。サルビア……」
楽園に咲く花。それに対応したベゴニアという名前。ミズキは何かの情報を読む。そこに出てくるヒマワリさんという名前。少なくとも、広島から来たミズキがそれを言った。ここに咲く紫陽花。そしてカリンが、わざわざ西の種子島を目指す理由。
ロケット発射場だなんて方便じゃないのか?何かのヒントがあるとすれば、それはカリンも知らない過去の話。東京奪還の前の話。
進むごとにソウジロウの眉が歪む。確定だ。
「あと……ヒマワリ」
言ってやった。そう思った矢先にぶん殴られた。あれ、おかしいな。
「その名前を脅しに使うな」
恐ろしい顔で睨まれる。失禁しそうになる。
「……普通、その花をって、言うだろ」
俺の返答にため息を吐いたソウジロウに脇に手を通されて立ち上がる。ソウジロウが後ろの男に指示を出す。
「撃たれた馬鹿も連れてこい!」
これは、どっちだ?




