ハチ:大人たち
車両から降りると、涼しい朝の風が頬を通り過ぎた。緑が雨上がりの地面に溶けだしたような匂いは大好きだ。それだけで、ここが良い場所なんだなって思える。
人の声が聞こえる。ここに来るまでの畑らしき場所でも、耕している人が居た。住宅街の多分廃墟を歩く。人の気配が無いから、この先がコミュニティだ。
「ちゃんと人居るんだな」
リオがチラリと俺を見て、失言だったか?
「意外でしたか?」
「あぁ、不毛の地みたいなのを噂で聞いた位だったし。もっとこじんまりとしてると思ってた」
リオが笑う。どっちだ。
「そうでしたか。外から人を招きませんが、中に居る人も出ていくことは無いので、数は他のコミュニティよりも多めかもしれませんね」
横を歩くスミが少し視線を鋭くするが何も言わない。特別嫌そうな顔でも無いけど、何か気になる事でもあったんだろうな。言わないなら後で聞いてみよ。
「この先が人が交流する場所になります。こちらも一応、人は住んでいるのですが、どうしても空き家だらけで」
あ、人住んでるらしい。ミズキが周りをキョロキョロする。スミがリオに話しかける。
「食料はどのように?」
「畑などは先程の通りです。狩猟は昨日のような駐屯で行ったりしますし、漁業も行います。あまり数は取れませんが」
リオが一瞬真顔になった。スミは顔色を変えずに聞く。
「……え?どした?」
「なるほど。問題無いと」
「えぇ」
前から歩いてくる人が見えた。30代くらいの男だ。会釈をする。
「リオさん。どうしたんですか?」
「お客様が見えたので、領主様に謁見を」
男は笑ったままだが、俺ら4人を値踏みするように眺める。
「はぁ、珍しい事もあるものですね」
リオと男が二言程度会話して立ち去る。また歩く。
どこかの国道跡の大通りに、色んな物が建てられている。屋台らしき屋根がいくつもあり、布を織る人や道具をメンテナンスする人。それに合わせた道具や設備が並んでいる。
少しずつ人が増えてきた。全員がこちらを見る。何だか怖い。動じてないデビエゴもスミも凄いな。
「ファンタジーみたいだな」
リオが説明してくれる。
「各々がタスクを明確化する事で、効率を上げて繋がりを強化するんです」
なるほど。つまりはサボらないように人の目に着く所でやるってことか。
「領主様はどちらに?」
「おそらく、日課中かと」
大通りを抜けて細道に入る。並んでいる住宅の中にポツンとある、少し広い砂場。幼稚園だ。
門を通って中に入る。4歳とか5歳とか、それくらいの子供が遊んでいる。俺らを見て固まる。
「領主様!」
リオが叫ぶ。反応する声が屋内から返ってくる。力強い男の声だ。
「おう。リオか」
顔を出した男は、声に似合う背の高い爽やかそうな男だ。キョウヤみたいに悪そうに見えないのは、肩に子供を乗せているからだろう。
「おっ、本当に来た」
「ソウジロウ、だれ?」
肩の子供が俺らを指さす。ソウジロウと呼ばれた男が子供の手を降ろさせる。
「指さししない。まぁ上がってくれ!」
一応、リオに聞く。
「……領主様?」
「はい」
玉座に座ったおじさんとかだと思ってた。建物に入る直前、ミズキが小さく呟いた。
「……ヒマワリさん」
振り返る。ミズキは相変わらずボーッとしている。そういえば、犬が死んだ時もそんな事を言っていた。他の人には聞こえてなかったのか、みんな建物に入っていく。
「……行こうぜ」
「……うん」
俺が何か得るには、誰かに聞かなきゃいけない事が多すぎる。
小さな子供が建物内を走り回っている。ソウジロウが注意をしながら個室に入る。小さな机を囲んだボロいソファに、ソウジロウが腰掛けた。
「座ってくれよ。急な話だったもんで、ご馳走は無いけどな」
「いいえ、お気遣いなく」
スミが座る。俺も横に座る。ミズキも小さく座る。デビエゴとリオは立ったままだ。それでもソウジロウが話を始める。
「このソファ、チグハグだろう?色んな所から集めてきたんだ。住んでない家ばっかりってのは、やっぱり何年経っても寂しいもんだよな」
「そうですね」
「あんた達は南の方から来たんだったな。岐阜か、愛知か。その辺りか?ここより栄えてるんだろうな」
「いいえ、あまり違いはありませんよ」
「本当か?見ての通り、俺たちは引きこもってばっかりだからよ」
なんと触れにくい自虐だろうか。俺なら黙ってしまう。スミは即返事をする。
「どこも同じです。ある程度は自給自足をしないと生活は回せません。うちは君主制ではありませんが」
「うちらも別に、やりたくてこうしてる訳じゃないさ。確かに俺は、人の前に立とうと努力はした。まさか領主様なんて言われるとは予想してなかったけどな」
ソウジロウガ机に置いてある紙を取った。バッテリーの設計図だ。いつからあったか見てなかった。
「さて、正直俺は、お前たちが火薬を欲しがる理由がよく分からん」
スミは何も言わない。ソウジロウの次の言葉を待っている。
「これだけの技術は、もはや銃火器と変わらない。第1、鉄砲如きで化け物が殺せるか?あれの難航理由は別だろう?」
「お詳しいのですね」
「まぁな。海に出た事があるから分かるさ。逃げ場のない沖で、足元に広がる闇。そこから船を襲う化け物なんてのは、旧時代でも想像して身震いしたもんさ」
「お察しの通り、過去2度行われた調査にて、化け物、陸鰭は攻撃をすると沖に逃げる習性を確認されています。そこから追撃を仕掛けた船は沈没しました」
あぁ、それがフェタか。船を沈められてこっちに流されたみたいな話はしていたな。
「ならば尚更、火薬銃が何丁揃ったところで勝てる話じゃないだろう」
「我々が欲しいのは火薬です。そこについては、こちらも手探り故に詳しくはお話出来ません」
ソウジロウが静かに睨む。スミは真顔のまま見つめる。正直に言った方が得じゃないのか?スミが何考えてるか俺は知らないけど。
というかそもそも、情報を渡した時点で取引は成立してるんだろ?
「なぁ。これって、何の話し合いなんだ?」
恐る恐る聞いてみる。スミが笑う。
「そうでしたね。私たちは火薬の取引の話をしに来たわけではありませんでした」
「ん?違うのか?」
ソウジロウが首を傾げる。伝達が上手くいってないのか?
「初めに、100%確証のある話では無いと前置きさせてもらいます。京都側、海峡の向こうで虫の嵐が発生している可能性があり、その進路は東進であると予想されます」
ソウジロウが目を見開いた。口を開けて何か言おうとして辞める。
「こちらは化け物退治は後回しで、防衛線を構築する事を今後の最優先事項に起きました。つきましてはあなた方と、この機に協力関係を結びたい。次の世代の子供のために」
子供という言葉に、ソウジロウが小さく反応した。




