カリン:魔法みたいな
虫の死骸を引き摺って1箇所に集める。虫の体液をバケツの水で流す。
「大丈夫。ちゃんと治る」
そんな声に振り返る。頭に怪我をした人を診ている人が居る。赤く滲む髪の毛の隙間から、更に赤が覗く。
「あれ。本当に治るのか?」
一緒に虫の死骸を運んでいるハチが眉を顰めながらそっちを見ている。
「まぁ、縫えば」
「縫っただけで?」
「いや、流石にそんなことは無い」
僕も、それなりに治療は受けてきた。無知では無いけど詳しくも無い。
回収員の時、戦闘をしないリズは、医療方面の勉強をしていたのを思い出す。
虫の死骸をまとめ終える。現場が気になってしまい見に行く。さっきの人が頭を縫われている。頭蓋までは行ってなさそうだ。輸血されているから、直近は大丈夫なのだろう。僕ですら、本当に治るのか不思議だ。
「……何か、手伝える事はありますか?」
医者が僕を見る。顔から左側。無い腕に移る。
「大丈夫。君も休んでいるといい」
「……ありがとうございます」
分かってる。試さなかった訳でもない。ホルンに任せてばかりだから色々やってみようと思ったけど、やっぱり片腕じゃ限界がある。
テントから鍋を運んで来る人達が出てきた。食事らしい。近くにいた人が手招きしてくれた。
「持ってくよ。あっちの机、使っていいよ」
「はい。ありがとうございます」
「こちらこそ。君のおかげだ。本当にありがとう」
机に運んでもらった料理を食べる。美味しい。立って両手で食べてる人も普通に居る。
横に来たハチ達も、立ちながら片手に器を持ち、もう片手に匙を持って食べる。
「なんか、人助けした!って感じだな」
「こういう快感の為にやってるって感じ」
ユスケが笑う。デビエゴが黙って頷く。
「そうだね」
スミはまだ、現場の手伝いに勤しんでいた。あれを見ると、如何に自分が出来ない事だらけなのかを思い知る。
あれも彼の言う「偽善」なんだろうか。
少し遠くにミズキが居た。すっかり忘れていた事に申し訳なさすらある。目が合ったミズキが、真っ直ぐにこちらに来る。
「あの、カリン君……」
「何?」
「その、多分来ます。虫喰い」
手が止まる。考えれば当然だ。これだけ虫が集まった場所に、虫喰いが来ない訳ない。慌てて立ち上がる。ミズキが少し驚く。
「数は!?」
「ぇ……2?」
「距離に差は?」
「……そこまでは。ごめんなさい……」
「いや、ありがとう!」
遠くを見ようと目をこらすけど分からない。ミズキは多分僕より、長距離を無意識に見ている。西からここまで独りだったから、危機察知で磨かれたんだろうか。
東方面を歩いていると感じる物があった。僕が分かる範囲だからかなり近い。粒子が死んだから、虫を食べてる。
下手に伝えてもパニックだ。殺しに行くべきか。ほぼ間違いなくこっちには来るぞ。
「狩りですか?」
後ろから話しかけられる。スミだ。その後ろにミズキ。
「……悩んでます」
「ミズキさん。精度を上げられたりは」
ミズキが目を閉じる。数秒の沈黙の後目を開いた。
「2匹。1匹は走って、こっちに来てます。もう1匹は食べてる……」
メイスを構える。
「どっちから来るか分かる?」
ミズキが左を指さしたその時、木々の隙間から出てきた。虫喰いだ。
近くに居た人が腰を抜かして叫んだ。その頭を虫喰いのしっぽが潰す。人が死んだ。
叫び声が伝播する。多分止められない。
「……もう1匹、来ます」
「ありがと、ミズキも下がってて」
「あ……はい」
ミズキがゆっくりと後ろに下がっていく。目の前に1匹。右の木々の向こうに1匹。
スミがハンマーに手を伸ばした。
「抜く?」
「……そのつもりですよ」
「じゃあ、僕が間合いまで受け流すよ」
「……分かりました。頼みます」
スミがハンマーから、刀を抜く構えを取った。
虫喰いが僕らを見た。スミが走り出す。その半歩前を走る。虫喰いのしっぽの間合いに入る。飛んできた突きをメイスでいなす。そのまま叩き付けに入ったしっぽを、肩にメイスを置きながら更に外側に受け流す。
一気に詰めた間合いを虫喰いが下がろうとする。それでも止まらない。
虫喰いが背部腕を広げた。4本だ。そのまま飛び交ってきた所に、メイスで1番近い背部腕を弾き返す。最後のしっぽを後ろに押しやりながら、スミと虫喰いの間合いから離れた。
一瞬、スミが僕を見た。その眼光が赤色を反射する。
抜かれた刀は刀身を赤く光らせ、白い煙を纏っていた。一瞬。刀は虫喰いの背部腕を容易く溶断し、肩から腹まで袈裟斬りにした。
振り下ろした刀から、真っ黒の液体が地面に飛び散る。全く動かないままズルズルとズレていく断面が落ちて、虫喰いは動かなくなる。
次の虫喰いが出てきた。スミが納刀する。こちらを見た虫喰いの、スミを狙ったしっぽの突きをメイスで弾く。
スミが納刀した瞬間、腰のバッテリーのパーツがスライドして電池が飛び出る。すぐにベルトに付いた予備電池を取り出して、スミがリロードするまでの虫喰いのしっぽを全て受け流す。
電池をセットしスライドを戻したバッテリーから回転音がする。バッテリーのレバーを上げて、スミが刀を再び掴んだ。それを合図に虫喰いに向かって走る。
やる事はさっきと変わらない。スミに向かう全ての攻撃を弾く。僕が殺す必要は全く無い。
再び刀の間合いに入る。虫喰いの顔が、少しだけ怯えているように見えた。スミが一瞬止まる。でもその一瞬は、僕にとって大した差じゃない。
すぐに構え直したスミを見て、攻撃を流しながら間合いの外に出る。再び赤い発光。振り下ろされたしっぽを、まるで糸を切るハサミのようにすんなりと切り落とす。血の代わりに、焼けた匂いが大気を舞う。怯んだ虫喰いを、頭の真ん中から縦に切り裂いた。
ゆっくりと残酷に崩れ落ちる虫喰いを横目に、スミが納刀する。もう一度、バッテリーから電池が飛び出る。それをスミは逆手でキャッチする。もう1個の電池の所まで歩き、それも拾った。
見ていた全ての人が、何も言えずに固まっている。口を抑える人、唖然とする人、その中に一際目立つ。キラキラした目はハチだ。
「すげぇ!!」
その声を皮切りに、少しずつ声が上がる。もちろん困惑も多いけれど。
「やべぇクソかっけぇじゃんそれ!!一撃必殺!!ロマンだ」
「本当に見てましたか?カリンありきの戦法です」
「いや見てたよ!俺知ってるぜ、阿吽の呼吸ってやつだろ?」
僕はその言葉は知らない。
「まぁ、そうですね。変な話ですが」
スミが僕を見る。
「この武器を、見た事があるんですね」
「……うん。それは4年前、ユウトって人が使ってた。同じものでは無いけれど」
外国から来た軍隊の、義手の日本人兵士。名前を出せば繋がるかと思ったけれど、スミはそこには反応しない。
「そうなんですね」
虫喰いの死体を虫の死骸の中に放り投げる。後で焼くからだ。
「……なぁ。ところでさ」
ハチが怪訝そうな顔をする。
「一応人型じゃん?そんなザクザク殺せるもんなのか?」
手を洗うスミが応える。
「と言うと?」
「なんか、ちょっと躊躇無かったのがさ。いやすげぇんだけど、見た目は人っぽいからさ」
まぁ。それはそうかもしれない。僕は回収員時代に沢山戦ったけど、スミはまた違うはずだ。スミは手を洗い終えて、静かに答えた。
「魔族って知ってますか?ファンタジーの近縁人類ですが」
あぁ、そんな名前を、この前読んだ本にあったのを思い出した。文字だから曖昧だったけれど、あれと似たような物だと思われているのか。
ハチは何となく分かるみたいな顔をした。そういえばあの2巻、どこかに落ちてないだろうか。今になってまた、続きが気になってきた。
……待てよ、なら僕はなんだ?
■電撃駆動武器
電力を用いて変形、威力増強などを行う武装。及びそれに用いられるバッテリーを指す。
武装ごとの差異は大きいが、バッテリーについては共通する資材問題から、設計思想に似通った点が多い。
多くは電池式であり、使用済みの専用電池は自動的に排莢される。
東京奪還の伝聞から伝わった「魔法のような戦い方」を、限られた技術と資材でどう再現するか。その試行錯誤の果てに生まれた武装群である。




