ホルン:脇役達の見る世界
いつの間に寝ていたんだろう。キョウヤが居ない。窓の外がほんのり青い。扉を開けると、キョウヤがぼんやりと空を見ていた。
「……記憶の景色と同じか?」
草で包まれた道が伸びる。少し行ったところに、ボロボロの建物が並んでいる。その少し奥に見える少し高い建物。森の傾斜の道があって、そこにチラリと見える石垣。
「……うん。違うけど、知ってる」
「そうかい。じゃ、フェタを起こすかな」
キョウヤがゆったりと立ち上がる。腰には昨日の鞭が提げてある。服はところどころ破れて居て、小さな傷跡が沢山見える。
「俺の知らない物語の終わり。って事だな」
キョウヤが室内に入る。こんなに涼しかったっけ。青はまだ澄んでいる。山のせいで日が昇るのが遅い。後ろの畑の方は、少しだけ日が差してオレンジになり始めていた。
フェタが欠伸をしながら出てくる。私と目が合って、口を頑張って閉じようとしている。
「気にしなくていいよ」
「そんなわけ……には……」
欠伸が終わったのか、急に真顔になる。
「そんな訳には行かない」
「言い直さなくていいよ」
「工房ってのはどっちだ?」
「この先行って、右に行ったところ」
歩き出しながら指を指す。2人が後ろに着く。
この通りでは回収員が遠征の度に市を開いて、それぞれが買い物をしていた。倒れた柱と破れた布が、動かずに煤を被っている。
住宅地を進む。誰が誰の家だったかまでは、あんまり覚えてない。それでも子供が走ってたり大人が会話してたり、そういうのはよくあった。工場が出てくる。
「ここか?」
「この奥」
ここは資材置き場。今の戦車に積める物はあるだろうか。工場の敷地を通り、その奥のもう1つの工場の前に立つ。普段はあまり立ち寄らなかったけど、お世話になったのは確かだ。
そんな工場は、黒く焼けていて、トタンの天井は穴だらけだ。
「出火はここか」
「そう」
入口だった扉を引く。なかなか開かない。キョウヤが蹴飛ばすと音を立てて扉が壊れた。
「……あ!ごめん」
「いいよ、気にしてない」
中も奥の方はかなり黒い。手前の方の幾つかの書類と、小さな机にソファがある。
偶に工房に行くと、ここでハヅキさんとベゴニアさんが会話してたな。
キョウヤが書類を手に取る。幾つかの設計図をまとめた物で、キョウヤはぺらぺらと捲っていく。
「分かるの?」
「凄いことは分かる。俺も武装を作る際やったが、これはとんでもなく精密だな」
キョウヤの手が止まる。
「……義肢があるのか?」
「あー、うん」
キョウヤの開いたページは、重厚な人の腕のパーツ。次のページは、骨組みみたいな義足の設計図だ。
横で難しい顔をしているフェタが私を見る。
「カリンは、付けなかったの?」
「うん、欠損はここが壊れた後だから」
「でも、楽園でなら造れるんじゃないのか?」
「あそこだって、浄化した途端なんでもあった訳じゃない」
キョウヤが設計図を閉じて丸める。手に持って周囲を見渡す。
「奥は?」
「見てみれば?」
黒く煤けた奥は、もう原型がほとんど無い。大きい機械が沢山あるが、動きそうなものはひとつも無い。
結局何も無く、建物を出た。空は明るくなるが、日はまだ見えない。
浅く深呼吸をしたフェタが、ゆっくりと瞬きをする。
「正直、私から見ると、ただの廃墟探索ね」
「……そうだろうね」
「ホルンの中にある物語を一から語って貰ったって、きっとそうなんだってなって終わるんだろうな」
「……」
「はは、別にどの廃墟だってそうだろ?全てが誰かの物語の終わり。俺たちは脇役として、観測者としてそれを見、使っているに過ぎない」
「ま、確かにそうね」
もし、ミズキがここに居たら、誰がここに居て、何をしてて、そんな事が分かったりするんだろうか。カリンを止めたように、それを語るんだろうか。
それは果たして、良いことなんだろうか。
また歩く。少し広い庭と、3階建てのコンクリートの建物に着く。
「公民館か」
「回収員の拠点だった」
「意外と小さいんだな」
「私も、普段は入らなかったから」
この建物も、私が回収員として生きるよりもずっと前から、ここにあって、別の物語があったんだ。それを知らないだけ。
建物の中、落書きがあった。昔は無かった。青色のスプレーで大きく「ここ 休める」と書いてある。
外に出て坂を登る。石垣の階段を登る。広いスペースに朽ちた木造の建物と、積まれた廃材が並べられている。その真ん中に、見覚えのない岩が置いてあった。その手前には、枯れた植物が1つ、花瓶に入れられている。
「……墓か?」
「……誰だろ」
「ホルンが知らないなら、俺たちはもっと知らない」
フェタが黙って頷く。岩の前で座る。岩はただの岩で、それ以上何も無い。フェタが横に座る。
「名前書いてくれないと、どうしろって話よね」
反対側にキョウヤも座る。
「ところでここ、これだけ火災の跡があるにしては、死体らしき物はほとんど落ちてなかったな」
あぁ、そうか。誰かがここに来て、野ざらしの遺体をここに集めた。その可能性もあるのか。
掘る気にはならなかった。代わりに持ったままの骨を、岩の横に静かに置いた。
フェタもキョウヤも手を合わせる。私も同じようにする。弔うと言う行為の意味を知ったのもパンデミックの後だった。それでも、少し暖かいなと、その時は思った。
「……名前は聞かないでおくよ」
キョウヤが立ち上がる。
「ま、聞いても分かんないし」
フェタも立つ。
「……うん」
じゃあね。ジローさん。立ち上がって2人に追いつく。




