キョウヤ:今、何頁目?
持ってきた荷物とホルンの大盾を隅に置いて座る。袋を開けて携帯食料を取り出して分ける。
「ありがとうございます」
「ありがと」
「本当に、もう虫喰いは居ない?」
ホルンが食べながら頷く。
「縄張り意識が高いから、可能性は低い」
「そうかい」
2人が黙って食べるのを見守りながら、沢山出来たかすり傷を確認する。ここが旧市街なら死んでしまうな。旧市街と言えば虫喰いだ。
東京で発見されたらしいその人型の怪物。たまーに見るし、殺したこともあるが、その実態はイマイチ分かってない。
ま、ゾンビの後に人型の怪物は、スケールが上がっただけで意味不明に変わりないんだが。
「……で、ホルンは虫喰いってのにどこまで詳しい?」
食事を終えたホルンが水を飲んで姿勢を直す。
「腕の数や髪の長さで個体値を測る」
「それはもう楽園から伝わってる。ヒマワリってのはなんだ?」
「虫喰いの始祖とされる人」
確定では無いが、そう言えるだけの証拠はある状態か。
「そいつをぶっ殺して、東京を取り戻したのか?」
「違う。初めから死んでた」
「律儀に名前でも書いてあったのか?」
「そう。墓があった」
随分とスラスラ出てくる。きっと、俺たちが知らない東京奪還についてほぼ全て知っている。でも自発的に語ろうとしない。
「いいかホルン。俺たちにとって東京奪還というのは、希望の象徴なんだ」
ホルンは黙って俺を見る。
「お前らがどういう地獄を経て、それに至ったか。それが分かると、もしかしたらこの国が復権する手がかりになるかもしれない。わかるか?」
「……分からない。私は別に研究者じゃないし、ベゴニアさんみたいに常に最前線に居た訳でも無い」
ベゴニア。ずっと出てくる名前だ。西のラジオから流れて以降、尾鰭を付けて話が広まる。顔も知らないそいつが、無数の化け物の屍の上で旗を立てる姿を勝手に想像する。
「質問を変えよう。そのベゴニアって人物について教えてくれ」
カリンもホルンも、その経験の意味が分かっていない。東京を取り戻すのだと、1度広域放送があった。外国の船からだった。海の向こうも同じような状況らしく、希望の為にこの島に来たらしい。それに便乗して何人が東に行ったかは数えていないが、そいつらが旧市街に足を入れた時には、そこは既に楽園だった。
外国船はとっくに撤退し、胞子も無いその都会。そこにある謎の白い塔。
噂話と写真が出回る頃に海峡が出来、それ以降話は聞かない。
ホルンは悩む仕草をしながら語る。
「小柄で、口数は多くないけど、普通に話してて、何となく接しやすい人ではあったかな」
俺の想像のベゴニアが縮む。顔は厳つい眉毛から塩顔になっていく。
「なんでか強くて、でも静かに、言われるままに前に出て」
そもそも旗すら振ってない。バックにいる指示役まで出てきた。
「仲間とは楽しそうにしてて、一緒に人を探してた」
バックの連中に影の輪郭が出来る。さらに繋げようとした線を止める。人を探してた。誰だ。今出てきた中で、名前のあった奴はもう1人しかいない。
「……誰を」
「――ヒマワリ」
眉間に指を置く。なるほど全容が見えてきた。とは言え、あまりにも想像とは掛け離れていた話だ。
「……1冊にまとめて欲しいな。そんな話は」
「そのうち、楽園から出るんじゃない?」
「そんな物語の終わりの続きが、今俺たちが居る世界か」
「そ、そして、私はその脇役の1人」
「俺とフェタは名前すら無い」
フェタはいつの間にか寝ている。お前がいちばん聞きたそうな話だろうに。
「待った、東京浄化のくだりが無いな。あの規模の旧市街の胞子が無くなるなんてのは、一体どういう理屈だ?」
「見たままでいい?」
「あぁ」
「カリンの妹が、白い塔を使って胞子を集め、宙に飛んだ」
どうしてこいつは、そんな意味不明な話を淡々と語るんだ。
「……はは、なるほど。やっぱり聞いてよかった」
「そう?」
カリンの妹。同じ適合者と推測していいな。つまり適合者は、胞子を消す鍵になる。可能性がある。
ま、俺が知ったところでどうしようも無いんだけどな。カリンの妹が胞子を使って宙に飛ぶ。具体的なイメージは全く湧かないが、そういう事象とだけ捉えよう。
「あーダメだ。話だけ聞いてもさっぱりだ」
「でしょうね」
「でも、面白かったよ。話は終わりだ。もう寝ていいぞ」
そう言い残して立ち上がる。朝まで見張りくらいはするか。ドアを開けて外の風を感じる。生き物の気配は感じないが、遠くで虫の鳴き声のようなものが聞こえる。
肩で小さく息を吐く。参ったな。こんなに難しい話だとは思っていなかった。
何となくそんな予感はした。ゾンビから既におかしい話だ。俺は今、何かの物語の後の世界を生きている。そして、それを知らない。虫喰いも、もう既知の何かだ。
厄介な事に、そんな神話で世界は完全には救われなかった。
もちろん比喩だ。産まれた時からここまで、学校も友人も、社会もパンデミックも終末も、振り返れば長い道のりだ。
キョウヤが死んだのも、ホルンの話に比べたら小さなもの何だろうな。
世界は平等に不幸だと、そう思っていた。どうやら違うらしい。分かってはいたか。
脇役なことに不満は無いさ。もとより俺は、次の世代の為に全力を尽くす。そう、キョウヤと約束したからな。




