ホルン:帰郷
4年前、回収員というコミュニティ公的組織のあったそこは、鉄道を引いて東京へ定期遠征に行った。
そこで虫喰いと呼ぶ人型の怪物と接触。それ以降現れる異常な生物を次々と対処し、東京から虫と胞子と虫喰いを追い出した。
その最前線にいた英雄がベゴニアさんであり、彼やカリンや私が住んでいたコミュニティ。それがあの大きな山、富士の西側にある。
そもそもなんで虫が出てきたのか?そんな事私だって知らない。虫喰いも、胞子も、ゾンビも。ただ命を脅かす物だったから戦った。死体を何体も積み上げて焼いた。
夕暮れに照らされる富士は、離れてみているとそこまで大きく見えなかった。
「本当に日没に着く?」
「ま、多少日が暮れても大丈夫でしょ」
「本当に、誰も住んでないね」
森ばかりとはいえ、時折ある町も、人は居なかった。見慣れているはずだ。たった10年で世代は変わらない。
「さて、あとはホルンの土地勘次第だ」
そうだとは思った。本当に場所を知っているなら、キョウヤなら私が居なくても行っただろう。
「はいはい」
私は別に、この地域の出身じゃない。ほんの少しだけ西から来たから、あのコミュニティの行き方は何となく覚えている。
道中を歩く虫を轢き殺す。それをキョウヤが振り返って見つめる。
「……なるほど」
「なにかありましたか?」
フェタが分からないと言う顔をする。
「胞子濃度さ。虫が普通に歩いているなら、まぁ低くないんだろうね」
「京都には濃度計とか無いの?」
「あるけど、私は持ってない」
「観測可能なのに、それが何なのか殆ど分からない謎の胞子……」
フェタはそう呟きながら、少しだけ口角を上げる。何か面白い事があるんだろうか。
「もう着くはず」
無人の市街地を走る。ここもコミュニティの1部みたいな所で、やはり人が物を漁り尽くした跡がある。
少し進んだ郊外の鉄道に、場違いな資材置き場と、明らかに寄せ集めで造られた駅。そこに戦車を止めた。
「ここが……」
すっかり草が伸びて、足場も不明瞭なボロボロの町。そこら中錆びていて、ここ一帯だけ瓦礫まみれだ。
「もう夜なりそうだけど、どうするの?」
「……どうしようかな。寝れそうな建物でも探そうか」
「あるといいね」
「君の住んでた家は無事か?」
「ううん。崩れてる。あ、でも」
そう言って降りる。まだ間に合うだろうか。まだ、そこにあるだろうか。
後ろからふたりが着いてくる。記憶の中の道と照らし合わせて、赤の中を歩く。
他の家とは少し離れた広場、昔畑だった場所を抜けて、瓦礫の山の前に立った。
「ここか?」
「うん」
瓦礫を退かしていく。何故かふたりもやり出す。たとえ崩れていても分かる。覚えている。ここら辺に居間があって、ここら辺に暖炉があった。そしてあの日、ここで泣いた。
よく見る一軒家とは違う、古臭い造りだった。でもそれは、彼女の趣味だったから。
「……ヒッ」
フェタが小さな悲鳴を上げて座り込んでいる。キョウヤとそちらに行く。瓦礫の下から骨が出てきた。
それを拾い上げる。
「……人?」
「そうだな。腿辺りの骨かな」
「……うん、これくらいだった気がする」
その瞬間、一段と暗くなった。空から太陽が消えた。辛うじて近くの物は見えるけど、これ以上は探せない。
「また明日にしよう」
「別にいい。これだけで十分」
暗がりを歩く。使えそうな建物を発見して足を止める。カリンが住んでた家だ。そっか。壊れてなかったんだ。
4人くらいが雑魚寝できる程度の大きさの事務室みたいな建物。中は畳んだ布団と、ベタベタと貼ってあるメモには手書きのメモが沢山ある。回収員で働く際の事が、一言ずつ書いてあった。
キョウヤがランプを付ける。ぼんやりとした燈の中、3人が囲んで座る。
「随分と大きな骨だな」
「あの人、大きかったから」
「君の親か?」
「血の繋がりは無いけど、パンデミックからずっといっしょで、母親同然みたいな人だった」
「……ここは、何故こんな有様に?」
「虫の群れにぶつかって、火災になった」
それ以上の言葉は無かった。燈の中、帽子を被ったままのキョウヤの顔は閉じた口だけが見えた。
そのまま、キョウヤが立ち上がる。
「……歩行音だ」
耳を澄ませる。草の揺れる音の中に、半規則的な土を踏む音がする。近寄ってはいないが、周りを徘徊している。
武器を持ってきていない。直ぐに動けるように足裏を床に付ける。




