ホルン:お話
戦車のエンジンをかける。乗っているのはキョウヤとフェタ。ここから富士まで、地図でなら日没には着くらしい。
「行ってらっしゃい」
見送りに来たカリンが手を振る。
「なにかあったらスミに聞いてくれ。明日には戻ってくると思う」
荷台のキョウヤがそう言って、つばの広い帽子を被って笑う。視線だけをカリンに向けて、そのまま発進した。
助手席のフェタがこっちを見る。
「なんで私なの?」
「何となく」
他に思い付かなかった。それだけだ。それに、1番知識がありそうな気がした。
「……そういえば、どうしてカリンの事、師匠って呼んでたの?」
「手斧について見聞があるらしいから」
素っ気なく言う。カリンがベゴニアさんに使う師匠とは、明らかに温度が違う。
キョウヤが顔を出す。
「そうだフェタ。折角だしホルンに聞いてみよう」
「何を?」
「カリンの事」
しばらくの沈黙の後、フェタが口を開く。
「カリンは、西側でも見た事が無い適合者だ」
「へぇ」
「軽いな」
「西にも、適合者みたいなの居るんだ」
「こちらでも呼び方は人によって違うけど、ミズキちゃんみたいなのは今でも確認されている」
ミズキ。カリンの暴走を止めたあれも、そういう何かなんだろうか。
「何か違うの?」
「透視……とはまた違うけど、知ってるはずのない情報を言い当てたりする。具体的な理屈は分かってないけど、何となく分かるとか、誰かに教えてもらったとか、そんなことをみんな言う」
ミズキは確か、ヒマワリさんに教えてもらったと、そう言っていた。
「空気の流れが分かったり?」
「それもある。後ろに居る人の動きが分かったり」
「男女の違いじゃないの?」
フェタは首を横に振る。
「男でも、カリンみたいなのは居ない」
それは知らなかった。今になって思えば、そもそもカリンとリズちゃん、あとはミズキしか知らないから、男女の違いと思うのは浅かったか。
「で?」
「あなたたち、西に行くって言ってたよね?」
「そうだけど」
「京都に寄って欲しい」
「は?」
「私のママに合わせたい。大丈夫。私が居るから、悪い話にはしない。少し観察だけしたら、あとは好きにして」
「ちょっと待って」
前提が飛躍してる気がする。
「フェタが、私達について行くの?」
「そう。どの道名古屋を抜けたら、孤島で京都側の陸鰭討伐隊と合流しないと更に西には行けない。私のルートとあなた達のルートは被る」
「そう言う問題じゃなくて」
後ろのキョウヤがまた顔を出す。
「何か、孤島で予定でもあるのかい?」
「別に、無いけど」
そもそも詳しくない。何があるのかも知らない。ハチといいミズキといいフェタといい、どうしてこうも一緒に行きたがるんだ。
「えっと、キョウヤ、整理して」
キョウヤに適当に投げる。
「今俺たちは、この島を断裂する海峡を渡れるようにしたい。東側のこちらとしては、まずは戦力増強を目指す。その為に今富士を目指し、別働隊は北に物資確保、名古屋にルート確認にそれぞれ出ている」
「そうだね」
「海峡に住む陸鰭。化け物を倒し、旧三重や旧奈良を含む孤島に入る。そこで京都側の討伐隊と合流すれば、俺たちは更に西に行ける訳だ」
「合流出来ればね」
そこにフェタが補足する。
「京都の方が、戦力は大きい。私達の方が遅い可能性が高い」
「君らはもっと西に行くんだろ?京都で準備して進むついでに、フェタのママに会ってくれって事だな?」
「そう」
よし、掴めたと思う。
「京都側が、名古屋まで来る可能性もある訳ね」
「無くはない。その方がありがたいが、京都側の話は聞かない」
「連絡はどうとってるの?」
「ラジオだ。とはいえ、こちらから発信はしてない」
「ラジオ……あれって、東側の胞子濃度とかも把握してなかった?」
海峡が渡れないのに観測出来るんだろうか。
「あっちの適合者に、とんでもない奴が居る」
「とんでもない?」
「何百km先の事が分かる奴がいる」
「……ヤバ」
「とは言っても、ボヤっとしか分かってない。当時の東京奪還の話も、そいつが語り出して、それが事実だと分かった事で広まった」
「……なんて?」
「英雄ベゴニアと、その組織である回収員が、東の旧市街。東京を虫と怪物から取り戻した」
あってる。凄い端折ったけど間違いでは無い。キョウヤが乗り出す。
「……実際どうなの?」
「1行で表すなら、何も間違ってない」
「つまりは、その空白の何万文字のひとつが富士にあるってことだな」
「……そうだといいね」
緑に侵食されかけた町を走る。虫が飛んだ。結局私たちがした事なんて、街を1つ取り戻しただけ。虫も虫喰いもまだそこら中に居て、私たちの生活は何も良くなってない。
「君ら英雄達が成した事は、俺たち人類にとって希望である事は間違いないんだ。俺は、そんな君と巡り会えて幸運だな」
「……残念だったね。ベゴニアさんじゃなくて」
「ところで、ベゴニアっていうのはどんな女性なんだい?」
「男だけど?」
キョウヤが固まる。
「……その名前で?」
「うん」




