ベゴニア:いつか本当に終わるのか
花を育てるという行為は文化的だと、ふと思った。だからと言って批判する事も無ければ、誰かに羨ましがられる訳でもない。何かを育てるという行為は、基本的にはめんどくさいからだ。
別にそれは、僕が妻子を作らない理由でも無い。いや、元妻はいるが、子宝には恵まれず、結局お互い、やりたい事をやっている。
「ベェさん」
声がして振り返る。シライシだ。横にはシライシの娘のリナが居る。
「久しぶりだなリナ。いくつになった?」
「9!」
「そうか。もう9か」
「ベェさん、俺の事見えてます?」
「あぁ、首を上げないと見えなかった」
「ユウトが呼んでましたよ。畑の人手が足りないって」
「あぁ、分かった」
園芸用の道具を仕舞い、白い壁に囲われた日の差す部屋を後にする。無機質な通路を渡り外に出る。
広がる旧市街に、長く1本の影が指している。見慣れていて振り返ることも無い、白く長い塔。
回収員の収集物広場の向こうの畑まで歩く。
半袖から見える金属質の太い義手を付けた、ラフな軍服の男。ユウトがクワを置いて汗を拭いている。
「収穫終わりか?」
「そうだ。これから粉を撒いて耕し直す。手伝ってくれ」
「ベティは使わないのか?」
「燃料節約だ」
粉の入った袋をいくつか持ってきて作業を開始する。土を掘り返して粉を撒く。そして土を慣らす。その繰り返し。
横の道を通っていく人と挨拶を交わす。
「次は何を植えるんだ?」
「さぁな。それはこれから、話し合って決める」
「種の数的には、根野菜かな」
一区画が終わり次へ行く。来訪した旅人の数も含めると、平均して400人程度。4年程と考えると、そんなに増えてない。
来る人は多い。同じくらい、去る人もそれなり。旅人が口を揃えて、ここは楽園だと言う。別に居ていいのに、何かと理由を付けて旅立っていく。別に分からないでも無い。僕だって昔は、旅をしてここまで来たものだ。
振り返れば長いようで、あれからまだ10年。パンデミックの前の方が、生きてる時間は長い。
ふと、小さい時の婆ちゃんちを思い出した。喚くほど田舎でも無いが、絶妙に不便で、でも楽しかったのは、何もしなくて良いからだ。ただ扇風機の風を浴びながら、蚊取り線香の匂いを嗅ぐ。そんな何もしない時間。
一区画が終わり次へ行く。ここ最近は動いてなかったから腰が痛い。顔に残る汗が邪魔だ。
「粉、足りるか?」
「今回はな。また採ってくれるか?」
「もちろん」
「……すまないな。それに甘えない生活は、いつか考えないと行けなくなる」
「どうかな。少なくとも僕らの世代は困らない」
「俺らの世代で世界が終わるならな」
そういえば、カリンは今頃どうしてるだろう。僕のことを師匠と呼んで後ろをついてまわっていた。僕はただ回収員として、たまたま戦いが出来ただけのおっさんだ。何か教えられたかは、今になっても正直ピンと来てない。
なんせ僕は、ただ人を探して彷徨っていただけだからだ。それがたまたま旧市街で、それが実現できた。その結果、今ここは人の住まう土地になった。
「よし……こっちはもう大丈夫だ。助かった」
「じゃあ、僕は粉でも採ってくるよ」
「あぁ、頼む」
道具を置いて軍手を外しポケットに入れる。伸びる影の方を見る。青空を両断するように伸びる、穴ぼこの白い塔。
近くまで行きお手製の柵を超え地面を確認する。落ちてきたであろう塔の残骸の塊を体重をかけて押す。ある程度運んで、安全な場所で塊を砕く。それを袋に詰める。
次までには足りないが、その次は少なくとも植物の収穫を終える1ヶ月後。それまでに何個、塔から落ちてくるか。
また腰を伸ばす。腹が減った。飯でも食べに行こうかと自分の服の臭いを嗅いで渋い顔をする。
「ベゴニアさん!」
呼ばれて振り返る。最近来た若い男だ。回収員兼猟師。名前はなんだっけか。人の名前を覚えるのは苦手だ。
もっとも、自分ですら名前を変えて、元の名前なんて曖昧なんだから当然か。
「どうした?」
「屠殺、また教えてください」
「新種か?」
「まぁ、そんな所です」
「ふわっとした言い方だな」
「いやぁ、狩るのは好きなんですけど、血抜きとかはなんか苦手で」
「血は苦手か?」
「まぁ……はい」
袋を片付ける。
「名前、なんだっけ?」
「え?あー。ムツです。覚えました?」
「いや、多分忘れる」
「えぇ、酷いなぁ」
「すまんな」
「覚えて貰えるよう頑張らないといけませんね!そういえばラジオ聴きました?海峡を通れるように、本格的に動くそうですよ」
「へぇ」
「ベゴニアさんがそこに居たら、パパっと解決しちゃえるんでしょうね」
「無理だろ」
もしもカリンが呼ばれ直しをしていたら、きっとラジオじゃ分からないだろうな。まぁ、僕に知る資格は無いか。
リズを見送ったのが正しかったのか、最近になって今更考えるようになった。
多分僕がカリンに与えたのは、妹を失わせた絶望くらいだろう。最低な師匠だ。
「で、どんな獣だ?」
「なんか、派手な色の突起のある生き物ですね。殺すのに凄い手間取りました」
「絶対食えないだろ」
「キキョウさんが調査資料として欲しいんですよ。それに食えたらラッキーじゃないですか」
緑に覆われた旧市街を見る為に、ほんの少しだけ首を上げる。
何かを育てるという行為は、基本的にはめんどくさい。多分、それがついてまわるからだ。
終末が来た時、僕らは僕らの幸せの為に生きてきた。まさかこんなにも生き続けると、誰が予想しただろうか。
「ベゴニアさん?」
「ん?あぁ」
「考え事ですか?」
「僕が死んだ時、お前が屠殺出来るかどうかをな」
「……俺の名前、覚えてます?」
「あぁ、ムツだろ?来週には忘れてるかもしれんが」
「うげ、じゃあ毎日来ますね」
「なら、毎日狩って来いよ」
ムツは屈託なく笑う。
「頑張ります」
■呼ばれ直し
元の名前を捨てて、新しい名前を名乗る行為。
「転名」する事をそう呼ぶ。
初めは喪失に耐え切れなくなった一部の人が、生まれ変える事で自己を保つ為の転名だったが、それを真似た子供が、いつしか新しい自己パーソナリティ表現としてアルファ世代に広まった。
とはいえ何度も名前を変える事は面倒なので、1度呼ばれ直しした名前は基本的に名乗り続ける。




