ホルン:励まし
数十分前。
眠ったカリンを戦車に寝かす。キョウヤに手を伸ばす。
「……マフラーを」
「ダメ」
「……なんで?」
「これはまだダメ」
キョウヤは相変わらず悪そうに笑う。ハチとは違うタイプで嫌いだ。
「スミ、彼を見ていてやってくれ」
スミと呼ばれた、演説の時にキョウヤの後ろにたってた木偶の坊が来る。
「ごめんなさい。私にキョウヤは止められません」
「……あっそ」
「ですが、彼の安静は私が保証します」
敬語だけどどこか軽い。言葉の速さとかだろうか。
「さて、俺はこれから、例の奴隷を解放しに行く。ホルンも着いてきてくれ」
「……なんで私が」
「女性が欲しい」
「ミズキが居るじゃん」
「彼女より、君が適任だ」
本当にそうだろうか。カリンを止められなかった私が?
「……分かった。終わったら、ちゃんとマフラー返して」
「あぁ、約束するよ」
仕方なく立ち上がる。ミズキが少し離れたところで、ただ立っている。目線を逸らされ私も逃げるようにキョウヤに付いてく。なんて言おう。考えているようで、実質答えの決まったそれを見ないようにする。
「気持ちは分かるよ」
「……お節介」
「それでもさ。俺だって、抱いた女はゼロじゃない」
「それアルファに言うの、キモイよ」
「はは、君らアルファって、案外都合よくそれ、盾にするよね?実は気にってる?」
「……ラベリングされるから、仲間意識が作れると思ってた」
「つまり、共通の敵を探した俺たちと同じだ」
気に入らないけど、その通りだ。
「てか、君らでも男女の縺れなんてあるんだな」
「……そうなの、かな」
さっきの建物に着く。何も言わずにキョウヤが中に入っていく。それに続く。
「元精神病院ってとこかな」
「へぇ、そんな病院があったんだ」
「俺も通院経験は無いけど、抗不安剤なんかは、たまーに使ってる奴を見るぜ」
「……今あったら儲かるんじゃない?」
「はは。そいつは、みんな辛いんだって糾弾されてたな」
階段を降りて地下に行く。その子は変わらず階段の踊り場に居た。
「大丈夫?」
「うん」
「動ける?」
「うん」
ずっと立ち上がったその子が、階段を降りていく。黙ってついて行くと、破壊された扉を潜り、小さな部屋に入って座る。
キョウヤが黙って肩をすくめ、その子を担ぐ。何も言わない。
「1度外に出そう。吸血鬼でも無い限り、この夕方なら大丈夫だろう」
「……そうだね」
血なまぐさい。早く出たい。キョウヤが担いだ子を外に出した。降ろされてもぼーっとしている。
「俺は1人ずつ連れてくるから、ホルンは見ていてくれ。ある程度時間が経ったら、他の奴らも来る予定だ」
「分かった」
キョウヤが闇に消える。その子が私をじっと見る。
「私、ホルン。名前は?」
「吉村 楓」
そんな堅苦しい名前、久しぶりに聞いたな。
「そっか。カエデちゃんでいい?」
「……うん」
「カエデちゃんは、ここで何をしていたの?」
「働いてた」
「どんな仕事?」
「物を作ったり、動物を殺したり」
屠殺だろうか。血なまぐさいと思った臭いが、外に出ても消えなかったのは、この子の匂いだったのか。
キョウヤが1人、また1人と連れてくる。それぞれに名前があり、仕事は似たり寄ったりだった。
「本当にみんな、髪色が同じだ」
「そうですね」
「何食ってたか、聞いたかい?」
「普通の食事みたいですよ。でもやっぱり、餌ですよ。それ以外は食べた事ないって」
「なるほどね。色素変異が分かれば、俺も偏食しようかな」
「それ、この子達に対して……」
言い切る前に、キョウヤが被せてくる。
「無礼?そうかな?でもこの子らの髪色は綺麗だ」
そう言いながら、キョウヤは頭を掻きまた闇に消える。
「……カエデちゃん?」
カエデがこっちを見て、首を傾げる。そういえば、初めて会った時のミズキもこんな顔だったな。私も、こんな時期があったような気がする。
「その髪……」
なんて言えばいいだろう。なんて言えば、気持ちがちゃんと届くだろう。いつも分からなくて、喉に詰まったそれを吐き出せない。
カエデが自身の髪を触って、小さい口をさらにすぼめた。
「……痒い」
なぜだか少し、笑ってしまった。
「後で洗おっか。きっと、綺麗になるよ」
「……私、どうなるの?」
カエデが言う。その声は、とても不安そうだった。
「それはまだ決まってない。でも大丈夫」
そんな確証の無い。感情の乗らないテンプレートな励ましだけが、ぬるりと外に出た。




