カリン:そういう世界
しっぽを通さずマフラーを首に巻く。少し風が吹いてマフラーが靡いた。
「武器を使うタイプの虫喰いは、俺も初めてだ」
キョウヤが鞭を振る。長い棒になったそれを構える。同じ髪色の子たち、偽善者の釣り人達、ぶっ飛ばしたここの集落の人達。全員がこっちを見ている。
「カリンも全力でやってくれ」
ベルトを締め直す。背中の弓の位置を直してメイスを構える。
……動かない時間が過ぎる。キョウヤは攻めてこない。僕が攻めないといけないだろうか。風が止まる。
「おい早く行けよ!」
周りからそう野次が飛んだ。一瞬目を離した時、高速で迫る微細な粒子の流れを感じて避ける。ナイフだ。更にすぐそこに迫るキョウヤの長柄をメイスで弾く。キョウヤは自身の背丈程ある長柄を、身体の軸や足を使い器用に回し、連撃を入れてくる。
旧市街程の胞子濃度が高くないから、流れがあまり見えない。数発掠る。長柄の先ではなく相手の身体を見る。それでも高速で振り回される棒の行先が完全に把握出来てない。
「俺が刃物を付けてればもう殺せてたか?」
「そんな素敵な刃物なら、最初から使えばいいのに」
「君も、そのしっぽの出し惜しみは必要ない」
腰と臀の筋肉を動かしてしっぽを持ち上げる。自分の背骨の後ろで構え、見切った長柄の軌道先に置いて弾く。
自分に届くほぼ全ての攻撃をしっぽだけで弾く。メイスを振り抜くが、キョウヤはそれを避けながら尚、長柄を止めない。まるでキョウヤが長柄に合わせているかのような動きだ。
「はは、こりゃ凄い。左手があったら殺されてたかも」
「大丈夫。殺しはしないから」
自分で言ってて馬鹿らしくなって、一言付け加える。
「……多分」
「気にするなよ。人間の発言にはデフォルトで多分が付く」
予測していた長柄の位置がズレた。頬を殴られる。すぐに顔を戻すがまたミスる。違う。一瞬、長柄が曲がる。
さっき見たのに頭になかった。これは鞭にもなる武器だ。僕のしっぽが当たる直前に1部だけ鞭に変形し、再び固くしている。
戦い方を変える必要がある。バックステップを取ってキョウヤの空振りを見てメイスを投げ付ける。キョウヤがメイスを弾き飛ばした。背中の弓を取り出し、しっぽで矢筒から矢を番えた。
右腕を真っ直ぐ伸ばし、張った弦をしっぽで引き絞る。距離を詰めてきたキョウヤの少し下に放つ。
察したキョウヤが回避した。道路に当たった矢がアスファルトを粉々に砕く。飛び散った破片がいくつかキョウヤの肌を抉る。
「はは」
弓を構えたまま詰める。上下関板に付けた刃物でキョウヤを狙いながら、しっぽで追い討ちをかける。
それをキョウヤが捌く。これくらい長く戦うのは久しぶりだ。だからこそ、ここに来て違和感に気付いた。
キョウヤが攻めてこない。最初の数手、予測出来なかったから受けた攻撃から派生してこない。このレベルの技量なら、もっと色々出来ても不思議じゃないはずだ。
普段では感じない、動きの楽しさがある。そう、導かれている。
口角が上がっているキョウヤを見て、自分の表情を正す。明確な隙を作り始めた。
まだ続けたい。そう思ってしまったが、それを振り払ってその隙に蹴りを入れる。キョウヤの動きが一瞬止まり、しっぽでキョウヤを殴り飛ばす。
動かないトラックに突っ込んだキョウヤが笑う。
「いやぁ。こんなに心踊ったのは何時ぶりだろう。俺の負けだ」
「いや……」
歓声が上がる。それが増幅する。全てが偽善者の釣り人達だ。
その声に、怒りが無い事は無かった。でも大半は賞賛で、わけが分からない。
キョウヤが隣に来て、俺の手を握った。
「少し合わせてくれ」
そう小声で言う。
「負けちまったからには、今から偽善者の釣り人達のリーダーはカリンだ!!異を唱える場合はカリンと決闘をするといい!!」
そう轟かせ、僕の右腕を上げた。僕はさっき、人を殺したはずだ。それなのにこの賞賛に混乱しそうになる。
「人を殺してはいけません」それは旧時代関係なく、人と人が一緒に生きる為のルールだ。それと同時に、それが時と場合によるものなのも分かってはいる。
今回は、何がいいんだろう。少し遠くでこちらを見る、ここの集落の女性達が睨んでいる。多分、あの人の大事な人を僕は殺したんだろうな。
「さて……ここのコミュニティについてだが、うちのコミュニティの管理下の元、合同統括を予定している。その計画を進めながら、陸鰭の討伐計画を練るとしよう」
「……僕、恨まれてると思いますけど」
「ならまずは、ここの支援をするとしよう。偽善者らしく」
そうだ。僕も所詮は人殺しの偽善者だ。武器を落とし、マフラーを取り、中を開ける。靴下を履くようにしっぽを収めて、歓声の波を退ける。こちらを睨む女性達の前に立った。怯えられている。
「……な、何?」
膝を着いて座る。
「僕が不甲斐ないばかりに、亡くさなくても良かった命を奪いました。ごめんなさい」
額が地面に付く。静まり返った夜の中、蹴り飛ばされる覚悟で待つ。
「……止めてよ。別に私たちだって善人じゃない。殺されて当然なんだし」
そう、冷めたように女性は言った。顔を上げた時、目の前に靴があった。綺麗に顎に入った蹴りで、仰向けに倒れる。女性は泣いていた。
「……これで満足?私たちだって、幸せに生きたいさ。あんたがそれを叶えてくれるってんなら、受け入れるしか無いだろ?」
じんわりとした痛みと一緒に、僕は確かに満足していた。今女性と交わした約束は、確かにこの先の小さな道標だ。でもこれは、師匠の言ってた約束とは違うんだろうな。
キョウヤが顔を覗かせる。
「立てるか?」
「……星座って、知ってますか?」
キョウヤも空を見上げる。
「……カリンは詳しいのかい?」
「いいえ、全く」
星はいつも、夜空を埋め尽くすようにそこにある。それが夜道を照らし、まるで見られているようだった。
「……カリンが何時から夜空を見ているかは知らないが、この夜空は、明らかに星が増えた」
「星って、増えるんですね」
「いいや、異常だよ。かつての星座は、その溢れる星に上書きされて、もう影も形も無い」
アパートから見た夜空を思い出そうとするけど、確かその時は、全く星は見えなかったなと、そんなことを考える。




