カリン:約束
『師匠』
『ん?』
旧市街の帰りの電車。ベゴニア師匠はぼーっと外を見ている。隣では、師匠の相棒のシライシさんが口を開けて眠っている。
『師匠は、どうやって強くなったんですか?』
師匠は窓の外を見つめたまま、小さく唸る。
『あれだろ?体術的な強さの話だろ?』
『え?えぇ、それ以外があるんですか?』
『体術に関しては、多分才能だろうな。別に昔から格闘技やってた訳でもないから』
師匠は小柄で、他の回収員より細い。それでも、虫やケラ喰いの攻撃をスレスレで回避しながら、斧で的確な一撃を叩き込むそのカッコ良さに、僕は弟子になると決めた。
そういえば、師匠という言葉は何処で覚えたんだろう。思い返してみても分からない。
『そうだな、約束を守る。とかかな』
『なんの?』
『何でもいいし、誰でもいい。カリンならリズとかじゃないか?そういう、守りたい約束ってのがあると、迷わないと思ってる』
『……それも、強さってことですか?』
『あぁ、少なくとも僕はそう思っている』
師匠はたまに難しい事を言う。でもそれは、きっと僕が分からないだけなんだろう。
『師匠なら、誰なんですか?』
『……さぁ。なんて名前だったんだろうな』
白い塔で、ヒマワリさんの墓と手紙を拾った師匠の顔は、とても穏やかだった。まるで、これから引き裂かれる僕とリズを嘲笑うかのように。
―――
気を失って居た事に気づく。いや、そんな事は無い。そういうフリをして目を覚ます。微かに覚えている声や感覚。自分の身体が上手く動かない苛立ち。
戦車の荷台から見上げる空は、夜になっていた。星が見える。ハチと知らない男が顔を覗かせた。たしか、キョウヤの演説の時後ろにいた男だ。
「おっ、起きた。本当に瞳の色が違うな」
「おはようございます。水は飲めますか?」
「あ、はい」
上半身を起こして、男から水を受け取る。
「身体の不具合はありますか?」
「いいえ、ありがとうございます」
敬語だが、どこか軽い。顔だけ上げて確認する。荒れた町に、トラックが3台。1台はボコボコに壊されている。あの壊し方は、多分僕だ。
そのトラックから、色んな人が顔を出している。歳の近い子と目が合ったが、すぐに逸らされた。
「おっ、起きたか」
キョウヤが来た。後ろにはホルン。元気が無いのは当然か。その後ろには、地下に居た同じ髪色の子たちだ。
「スミ。カリンは大丈夫そうか?」
スミと呼ばれた敬語の男がキョウヤに返事をする。
「さぁ?帰ってちゃんと診た方がいい」
「医者なんですか?」
「いいえ?」
戦車に乗り上げたキョウヤがマフラーを持っている。僕のしっぽは、夜の中静かにそこにある。
「……返してください」
「まぁ待てよ。裁判がしたいんじゃない。これはあくまで面接。カリンと一緒に肩を並べられるかどうかのね」
「……無理です。こうなった以上、僕にその資格はありません」
「そうだせリーダー」
トラックから、1人の男が顔を出した。
「そんな危ないヤツはダメだ。あんたの言う統率に反するぜ」
「はは、それはそうだ。間違いない」
キョウヤが笑いながら立ち上がる。槍の柄を戦車に着く。
「だが俺たちが望む場所は生ぬるい平均じゃない。高みだ。それが偽善者だろう?」
来る前の演説で見せた、あの顔だ。
「それに、俺たちはなんのためにここに来た?アルファの奴隷を助ける為だ。アルファの彼を見捨てる選択肢は無い!」
そう言い切る。トラックからざわつきが聞こえる。
「カリン、動けるかい?」
「え?はい」
「よし!ではこれより、奴隷解放、及び復帰支援だ!つまらないと吐き捨てるものはここに置いて行こう!」
キョウヤが戦車から降りて振り返る。
「行くぞ」
「……」
ハチも戦車を降りて僕を見る。手を差し伸べてくれた事が嬉しかった。
「行こうぜ。カリン」
「……分かった」
地面に足を付ける。風が涼しい。進もうとするキョウヤ達を止める声が響く。
「私はまだ、納得していません!!」
その子の手には、手斧があった。師匠のより小さい。
「私は被害者です!!そんな怪物が同行する場合、私は
行けません!!」
「ふむ、確かにそうだ。だがここに法律は無いよ」
うん。僕もそう思う。スミが手を挙げる。
「キョウヤ、裁判になってないか?」
「いいや?」
キョウヤがマフラーを手放す。風に流されるマフラーを掴んだ。
「良かったですね」
スミは、僕には敬語みたいだ。しっぽにマフラーを巻こうとした時、キョウヤが大きな声を出す。
「カリン。勝負しよう」
「え?」
キョウヤが腰の鞭を取り出す。首にかけてたつばの広い帽子を被って笑う。
「君が異物を持って尚、人として武器を振れる事を、まずは証明しよう」




