ホルン:脇役
私の知識不足だ。「奴隷」というのがどんなものかは、何となくだけ知っていただけ。もっとちゃんと知っていればこんな事にはならなかった。
いや、そもそも。私がカリンのことを、もっとちゃんと知れていれば、こんな事にはなってない。
薄暗い室内を抜けて 太陽の下に出る。フェタもカリンも居ない。
「さて、何処に遊びに行ったかな」
キョウヤは棒を鞭に変えてそれを建物の屋根に伸ばす。鞭が棒に戻る力で屋根まで登った。
「……あっちみたいだ。走ろうか」
屋根の上でキョウヤが走り出す方向に、私も道を走る。落ち着くように自分に言い聞かせる。人を殺す事に躊躇があるのはカリン位だ。少なくとも私に、そんな余裕は無い。
だから悪い事じゃない。ゼットの連中ですら殺すんだ。
小さな音と衝撃を感じて、狂っていた方向感覚が戻ってくる。戦車のある位置からだ。
「ホルン、任せたよ」
トラックが大きく揺れるのが目に入った。フェタがカリンから逃げる為に、トラックを壁にしている。カリンの頭に巻いた布は、左眼だけが覗いている。夕方の空の下。本当ならちゃんと見えているはずだ。
「カリン!!」
返事がない。おかしい。いつもの、ちょっと疲れた時とは全く違う。どうして?何があったの?なんで?
カリンのしっぽがトラックを突き刺して穴を開けていく。さっきキョウヤとの戦い方も、抜いた時のカリンだ。この4年で必死に鍛えて磨いてきた立ち回り。あの日ベゴニアさんに打ち負かされた時みたいな、ふらつく足取りでは無い。
「カリン……?」
戦車の上の、ハチとミズキと目が合った。やめて。そんな顔しないで。せっかくカリンにとって、友達になれるかもしれないのに。
1歩前に出る。やるしかない。止めるしかない。まだ半泣きで逃げるフェタを追っている。
「助け……」
嗚咽しながらフェタが転けた。それにカリンがゆっくり近寄る。その横、後何歩だろう。大丈夫。大丈夫。
『お兄ちゃんには分からないよ』
カリンが私を見た。身体が固まる。違う。怖くない。しっぽが動いたのが目に入った。耳元で張り裂けるような音が鳴った。思わず瞑った目を開けると、横にキョウヤが居る。
怖い。
「力づくで止められるかな?俺も自信は無いけど」
返事が出来ない。上手く前が見えない。止めてって、言っていの?
揺れる視界の隅で動いた物を捉える。ミズキが戦車か降りて、真っ直ぐ歩いてくる。
……それだけはダメ。立ち上がろうとしたのに、足に力が入らない。カリンが再びフェタを捉える。1歩ずつ近づくカリンより早く、ミズキがカリンの背中から近づく。
「……まっ」
カリンが気づかないまま、ミズキはカリンの背中に触れた。カリンが止まる。
背中に触れたミズキが、小さく口を結んだ。
「……大丈夫。カリンくんは、ちゃんとリズちゃん、大事だった」
そう、ミズキが言った。一瞬、訳が分からなかった。カリンは動かない。
「大丈夫。カリンくんは今もちゃんと、約束守れているよ」
自分が耳を塞いでいる理由が分からなかった。ザワザワと人の動きがあるなか、顔を伏せて縮こまるしか無かった。
何か、得体のしれない物が蠢く頭も、揺れ続ける影も。
横に立っているキョウヤの足だけが、ただそこにあった。




